TikTokで次々ヒットを生み出す『カメ止め』監督・上田慎一郎に聞く“縦型ショートフィルムの世界” 「違った文法のエンタメ」
TikTokの登場を皮切りに、ジャンルが確立されたショート動画(縦型動画)。そんなショート動画のなかで注目を集めているジャンルが、縦型ショートフィルムだ。数々のクリエイターが参入し、見応えのある作品を投稿している。 【写真】上田慎一郎の撮り下ろしカット 社会現象を巻き起こした映画『カメラを止めるな!』で知られる映画監督・上田慎一郎も縦型ショートフィルムを手がける1人。映画制作との大きな違い、短尺制作の際に心がけていることなどはあるのか、話を聞いた。 ・縦型ショートフィルムは「横型の作品とは全然違った文法のエンタメ」 ――近年、TikTokやXなどに投稿される縦型ショートフィルム。上田監督もコンスタントに発信して印象ですが、注力されている理由を教えてください。 上田慎一郎(以下、上田):1年半ぐらい前にTikTokショートフィルムのアンバサダーに就任して、それをきっかけに1本、「キミは誰? 」っていう縦型ショートフィルムを初めて撮ったんです。そのときに「縦型ショートフィルムっておもしろいな」という話になり、他にも作ってみたところ「レンタル部下」がTikTokとカンヌ国際映画祭によるコラボ企画「#TikTokShortFilm コンペティション」でグランプリを受賞して。企業の方からもオファーをいただくようになりました。 ――「縦型ショートフィルムっておもしろいな」と思ったのは、なぜですか? 上田:横型の作品とは全然違う競技、違った文法のエンターテインメントなんだなと感じました。ただ、違うところも多いのに、自分がいままでやってきた映画やドラマの技術をフルに活用できる部分もあって、いままでやったことのない競技をやっていて、すごく楽しいなと思ったんです。長距離ランナーが短距離ランナーになるような感覚というか。 ――横型と縦型では文法が違うというのは、具体的にどんな部分が? 上田:1つは没入感が得られやすいと言われている部分かなと思います。僕なりになぜ没入感が得られやすいのか考えてみたのですが、1つは登場人物との距離感が近いからかなと。縦型ショートは、物理的な距離感が近い。一方横動画はやや余白ができるので、ちょっと距離感を感じるんですよ。どちらもスマホで持って手元で見るけど、結構違う。それをより感じるのがライブ配信。たとえば、YouTubeライブと、Instagramでのライブ配信だったら、なんとなく縦型のライブの方が人と距離感の近さを感じてコメントしやすいと思うんです。これは、登場人物との距離の近さと感情移入のしやすさにも繋がってくるんじゃないかなと。それが没入感にも繋がってるんじゃないかなって思ってるんですよね。 ――なるほど。たしかに視聴者として得る感覚は違いますね。ちなみに作り手視点でも「文法が違う」と感じる点はあるのでしょうか? 上田:まず、画角ですかね。横動画の場合よりも縦動画の画角を意識する必要があります。縦動画は1人の人間を撮るのにすごくフィットするんです。でも、ツーショット、人と人が並んでしゃべっている画を取るのは、不向きかなと感じています。なので、最初から縦にフィットしたシチュエーションを考える必要はあって。例えばなのですが、美容室で後ろに立って鏡越しで会話するみたいな構図だったら縦型に向いているなと感じます。 あとは、テンポが全然違うなと。僕の感覚的には、横型映画よりも2倍か3倍ぐらい速いイメージです。それはやっぱり現代人の情報処理能力が上がっているからかなと。スマホで見るものに対して、速い情報処理、凝縮されたものを求めているがゆえに、より短い時間でより多くの情報を得たいのだろうなと感じています。だからこそ、展開数の多さも求められている気がするんですよね。普通の映画とかドラマの場合って、1~2分のなかに大きな展開がないことって普通にあるじゃないですか。ただ、縦型の場合は1~2分で大きな展開がいくつもなければ、スクロールされてしまう。自分で作っていても、そういうものの方が喜んでいただいているイメージがあります。 ――なるほど。それは上田監督にとっては、難しいことなのでしょうか? 上田:実は『カメラを止めるな!』の公開までは、20~30分程度の短編映画を多く作っていたんです。そのときの力を凝縮してやるのが2~3分の動画を作る際に求められることかなと感じていて、あまり難しさは感じていないですね。ただ、最初に作り出した時は、「間(ま)」とかテンポをチューニングするのは、けっこう難しかったし、戸惑いもありました。あんまり長い「間」があるとスワイプされちゃうので、違う表現で「間」を表現するにはどうしたらいいだろうって。 ・2秒以内で視聴者に「?」を持たせる ――テンポ感や間、画角などが異なる縦型ショートフィルム作品において、上田監督が心がけていることはありますか? 上田:1つはコメントしたくなる作品を作るというところです。やはり、YouTubeもTikTokもXもコメント数が多い作品はアルゴリズム的にも伸びるなと感じています。それから、最初の2秒以内になにかしらの「?」を作るみたいなことも意識していますね。 ――2秒!? 思った以上に短いですね。 上田:ランダムで流れてきたときに、10秒も見ないうちにスワイプすることってたくさんあるじゃないですか。なので、最初の2秒が、まずは勝負かなと。 たとえば、三井住友カードの決済手段の1つ「スマホのタッチ決済」の利用推進を目的とした縦型ショートフィルム「忙しすぎる人」でいうと、最初から倍速にしているので「なんだこれ」って思ってもらえるようにした感じですね。わざわざ見にくる人よりも、流れてきたものを見てくれる方も多いので、初めての人でも指を止めたくなるような作りにしようと。 ――たしかに。 上田:それから、僕の作る縦型ショートフィルムに関しては、長編映画を見た後のような満足感を作ろうともしています。いま、世の中にある2~3分の動画を見ていると起承転結をしっかり描いた作品って意外と少ないんです。だからこそ、僕は2~3分のなかで起承転結をギュッと詰め込んだものにしようと心がけています。 ――満足度を作るために、心がけていることはありますか? 起承転結を作ることが1つポイントなのかなとは感じたのですが。 上田:起承転結を作る以外に心がけていることで言うと、賞味期限の長い作品を目指しているということですかね。2~3分のショート動画で、長く自分のなかに残ってるものってそんなにないと思うんですよ。すぐに消費されてしまうし、もともとそこまで求められていない。隙間時間にちょっと暇つぶしになったらいいやみたいなものが多い気がしているんです。でも、僕はそうじゃなくて作品として何度も見たくなるようなものを目指しているんです。 ――なるほど。賞味期限の長い作品って、言語化するとどういうところを意識しているのでしょうか? 上田:エンターテインメント性と、見た人に考えてもらうところの両立かなと思っています。簡単に言うと、答えを言い切るのではなく、1本の物語、エンターテインメントとしては起承転結で完結はしているんだけども、そのなかになにか持って帰れるものを残すようにしているんです。「自分はこういう世界になったらどう思うだろうな」とか、ほかの人と話してみたくなったりとか。 ――なるほど。ただ単にタイトルや最初に煽るような文言を入れてと言うわけではなく、最後まで見た上で考えさせるような動画を意識されているんですね。 上田:そうですね。やはりただ単にバズる動画って、消費スピードがすごく速いんです。バズったとしても次の週には違うものが流行りになっているなと。手法として、最初の数秒で引き付けるってことは大事だと思うのですが、その引き付けがハードルを越えられていないものは、視聴者をがっかりさせてしまう気がしています。そういう風に冒頭で惹きつけるなら「予想を超える」必要があるなと。 ――ただ、予想を超えることって簡単ではなさそうですね。どうやっているのでしょう? 上田:「ミスリードする」っていうイメージですかね。こういう物語の場合、こうなるよねっていう展開をさせて、それから外すっていう。お約束から外すイメージかなと。 ちょっと突っ込んだ話をすると、外すのってそんなに難しくないんです。ただ、外したときにその外したことで立ち上がってくるメッセージを、無理なく必然性を持たせることっていうのがすごく難しくて。つまり、どんでん返しをしたいがためのどんでん返しじゃなくて、どんでん返しをしたときに、見てる人の既成概念を崩すような価値観を提示できたり、見る人の偏見に気づかせたりするような必然性のあるどんでん返しを無理なく起こすっていうことを自分は意識しています。 ・編集段階で大きく変えた「忙しすぎる人」 ――縦型ショートフィルム「忙しすぎる人」に関しては、どういうことを意識したのでしょうか? 上田:最初に「ショートドラマを通してスマホのタッチ決済の利用推進を図りたい」とご依頼いただきました。それで考えたときに、タイムパフォーマンスの本質ってなんなのって、タイパ志向へのカウンターになるようなメッセージを発信したほうが、他社と差別化できるのではないかと考えました。 それから僕の作品には、テクノロジーを使うことに対して肯定と否定のどっちも描いている傾向があります。テクノロジーを使うことで良いこともあれば、行きすぎれば悪いこともあるかもねって。タイパ志向も、別に僕は悪いとは思ってなくて、肯定と否定の両方がある作品にすべきだなと思ってたので、そこの塩梅を取るところに苦労しました。 ――視聴者に、ここは気づいてほしいと思っているポイントやこだわりはありますか? 上田:作品に出てくる主人公の女性がしゃべるときだけ倍速で、お父さんの時間は等速で進んでいて、最後に女性の時間が等速に戻る瞬間があるんですけど、初めてそこでその子の本当の声が聞けるじゃないですか。あれはすごくこだわって、編集したところですね。本当の自分を見失っている感覚から、本当の自分に戻る感覚を作った感じです。 倍速の声って、本来の声じゃないじゃないですか。そこから本来の声が聞こえるっていうところで、タイパばっかりを求めてると本来の自分を見失うというか、本来自分がやりたかったことから本末転倒になってしまうみたいな感覚が、あそこで伝わればなっていうのはありました。でもけっこう実は、脚本から大きく変えたんですよ。 ――どう変えたのでしょうか? 上田:最初はお父さんも、倍速の設定だったんです。それで最後にバースデーケーキが出てきたときに、2人の時間が等速に戻るっていう構成にしていたんですけど、2人の噛み合ってなさを表現したくなって。最終的に娘がお父さんの世界に戻ってくるという方向に変えました。序盤で、お父さんだけが等速で、娘だけ倍速というのも「なんで?」という引っかかりを作れそうだなと。 ――編集段階で大きく変えることもあるのですね。 上田:これは縦型ショートに限らずですが、自分自身、めちゃくちゃ粘るっていう資質があって。投稿する直前まで「これがベストなのか」考え抜くようにしているんです。社内のメンバーとかにも見せて意見をもらって。それで「ここで、ゆったり進むとスワイプされちゃうかもね」とか言われたりしたら、編集する。1人で誰の意見も聞かずに、そのままあげる人も多いと思うんですが、意外と客観的に1回見てもらって、磨きをかけたら結果が変わることって多いと思います。 ・縦型ショートフィルムはハッピーエンドを作るのが難しい ――上田監督の作品は、未来を描いたものが多い印象です。それは上田監督自身の関心の高さゆえなのでしょうか? 上田:そうですね。「キミは誰?」っていう作品から、興味が一気に開花しました。今までは、社会を風刺するような作品とか、現代テクノロジーの先にあるようなSF作品って、そんなに作ってこなかったんですよ。 ただ、歳をとったこともあって(笑)。作品と社会をもう少し結びつけようと思うようになったんですよね。AIとかVRみたいなものは、もともと好きだったのですが、それと自分の創作が繋がったって感じです。 ――SFすぎず、少し先の未来を描いているのはなぜなのでしょうか? 上田:SFって行きすぎると視聴者との距離感ができちゃうんですよね。でも、あり得るかもしれない未来、半歩先を描くことは多くの人に興味を持ってもらいやすい。半歩先の未来を描く、かつ社会風刺が入ったようなものってバッドエンドが多いのですが、警鐘を鳴らして終わるだけじゃないものを自分は作りたいなって意識もあります。 ――バッドエンドが多くなってしまうのは、ショート動画において、ハッピーエンドとバッドエンドだったらハッピーエンドの方が作る上では難しいからなのですかね? 上田:そうですね。作ることはできるものの、ハッピーエンドの場合は人間を描く必要があるので。バッドエンドだと短く終われるんですが、ハッピーエンドの場合は乗り超えることや、成長が必要になってくるので、それなりの描写が必要だし、時間がかかるんです。 やはり、ハッピーエンドの作品で再生数が取れないものになっているものは、たぶん批判的な視点がないままにハッピーエンドをやってしまっているんです。「こういう問題がある…でも」っていうハッピーエンドがあれば、浅くはならないのかなと考えています。 ・縦型ショートフィルムの強みは“シェアのしやすさ” ――これからの縦型ショートフィルムについても教えてください。まず、縦型ショートフィルムの強みには没入感や隙間時間に見れることがあるとのことでしたが、ほかにもありますか? 上田:人に勧めやすいこともいいなと思っています。2~3分だから、2時間の映画や12話あるようなドラマよりもLINEで「これ見て!」って言いやすいし、実際見てもらいやすいじゃないですか。自分の作った作品が大学の授業で流れていたとか、朝礼で共有されたという話を聞いたときにも、共有して、それについて議論できる時間も確保できるっていいなと思いました。 ――たしかに。シェアされた相手も、すぐに見れますもんね。 上田:「見れてないんです」っていうことがなかなかない気がしています。「明日これについて話をするので見といてください」っていうときに、2時間の映画だったら「時間が取れなくて」ってなるかもしれないけど、言い訳が通じないなって。 ――それから、気になるのはSNS上でどんどん長めの動画を投稿できるようになっています。これに伴い、縦型ショートフィルムの平均時間が2~3分から伸びていくと思いますか? 上田:個人的には、あんまり伸びていく気はしてないですね。2~3分で安定するんじゃないかなって。あくまでも2~3分の競技というイメージがありますから。ただ、「みらいの婚活」や「キミは誰?」のように連ドラ形式で投稿したものを、時間を空けて、5分半ぐらいの長さで投稿した時に、バズった際には「5分でいけるんや」と思いましたね。そう考えると、5分ぐらいまでは延びるかもしれないですが……やはり視聴者の環境、空いた時間に見ている感じを想像すると、5分が限界値な感じはします。それより長いと、ブックマークしておいて夜の落ち着いたときに見ようみたいになっちゃうんじゃないかなって。20~30分のYouTubeはご飯を食べながら見るのにちょうどいいけど、50分だと見ないまま終わってしまいがちなのと同じ感覚かなって。
於ありさ