埼玉・川口に次代を担う才能が集結!「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024」国際コンペティション10作品の見どころは?
これまで国内外の優れた才能を発掘し育てあげてきた「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」。21回目を迎える今年は、スクリーン上映が7月13日(土)から21日(日)まで、オンライン上映が7月20日(土)から24日(水)までと、昨年に引き続きハイブリッド形式で開催される。そこで本稿では、今年のオープニング作品と、本映画祭の目玉の一つでもある国際コンペティション部門の上映作品を一挙に紹介していこう。 【写真を見る】1,015本の応募のなかから厳正な審査で選りすぐられた10本が上映!オスカー受賞監督の作品も ■串田壮史監督の最新作がオープニングを飾る! 「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、制作においても興行においてもフィルムが主流だった2004年に、いち早くデジタルシネマへとフォーカスして生まれた国際コンペティション映画祭。映画産業の目まぐるしい変革のなかで新たに生みだされたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能を輩出し、いまでは国内外の若手映像クリエイターの登竜門として周知されている。 2007年に『うつろいの季節』(07)で国際コンペティション最優秀作品賞を受賞したヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は、その後カンヌ国際映画祭の受賞常連監督へと成長し、『雪の轍』(14)でパルムドールを受賞。また、日本人監督も、今年の国際コンペティション部門で審査委員長を務める白石和彌監督をはじめ、中野量太監督、坂下雄一郎監督、石川慶監督、そして上田慎一郎監督ら多数の新鋭監督たちが、本映画祭をきっかけに映画界に新風を巻き起こしてきた。 今年のオープニングを飾る『初級演技レッスン』の串田壮史監督も、本映画祭から羽ばたいた監督の1人。2020年の開催でSKIPシティアワードを受賞した長編デビュー作『写真の女』(20)は、その後世界中の映画祭で40冠を達成。長編第2作となった『マイマザーズアイズ』(23)も昨年の本映画祭国際コンペティションにノミネートされ、国内外から高い評価を獲得した。 そんな串田監督の長編第3作となる『初級演技レッスン』は、本映画祭がワールドプレミア上映。父親とのトラウマを抱えたまま廃工場で「初級演技レッスン」を開いたアクティングコーチの男が、即興演技を通じて人々の記憶に入り込み、彼らの人生を遡っていきながら夢と現実の狭間で奇跡に出会う様を描く物語。主演を務めるのは『ケンとカズ』(11)の毎熊克哉。共演には大西礼芳や岩田奏、鯉沼トキ、永井秀樹らが名を連ねている。 そして、次なる才能を発掘する国際コンペティション部門は、長編映画制作本数3本以下の監督によってデジタルで撮影・編集された2023年・2024年に完成した60分以上の作品が対象。本年は102の国と地域から1,015本の応募があり、そのなかから厳正な審査の末に10本が選出。白石審査委員長を筆頭にした映画人3名の最終審査を経て、最優秀作品賞など各賞の受賞作品が決定する。 ■オスカー受賞監督が描く、戦時下の葛藤『Before It Ends(英題)』 少年の空想世界を圧巻の映像美で表現した短編『Helium』で第86回アカデミー賞短編実写映画賞を受賞したアンダース・ウォルター監督。ニューヨークでイラストレーションと映画を学び、映画ポスターや漫画、ミュージックビデオなど多岐にわたる分野でその才能を発揮してきたウォルター監督が、『バーバラと心の巨人』(17)に続く長編2作目として手掛けたのが、『Before It Ends(英題)』。 物語の舞台は第二次世界大戦化のデンマーク。ドイツの占領下にあった市民大学の校長ヤコブは、ドイツ人難民を受け入れるよう命じられる。しかし疫病が蔓延し、次々と難民が命を落としていく。彼らを助ければ裏切り者の烙印が押されてしまうと戸惑い、葛藤するヤコブと妻のリス。一方、12歳の息子セアンは両親の姿に不満を抱き、レジスタンス活動を手伝い始める。戦争という暴力のなかで、いかにして人間性を保つのかという、現在進行形のテーマを扱う繊細で重厚な一本だ。 ■困難な現状を打破しようとする子役の姿に注目の『嬉々な生活』 本映画祭の常連監督の1人である磯部鉄平監督の『コーンフレーク』(20)や『凪の憂鬱』(23)、『夜のまにまに』(23)でプロデューサーを務めた谷口慈彦の2作目の長編作品となる『嬉々な生活』は、困難な状況でも精一杯に生きようとする子どもたちの堂々とした演技が見どころ。 両親と幼い弟と妹と5人で幸せな日々を過ごしていた中学生の嬉々。しかし、一家の精神的な支えであった母が突然他界し生活は一変。父は失業し、嬉々は弟と妹の面倒をみながらアルバイトで家計を支えようとするがうまくいかない。そんなある日、元担任教師の高妻の意外な場面を目撃し、高妻の協力で現状の生活を変えようとするのだが…。 ■女性カップルがたどる、10年間の愛の物語『子を生(な)すこと』 東ベルリンで育ち、コンラート・ヴォルフ映画テレビ大学ポツダムで演出を学んだ後、世界各地で短編・中編ドキュメンタリー映画や短編風景映画を制作してきたジュディス・ボイト監督。彼女の初長編ドキュメンタリー映画『子を生(な)すこと』は、ボイト監督の古くからの友人であるマリアと、そのパートナーであるクリスティアーネの10年間を追った作品。 障害を抱え、アーティストとして活動するマリアと、訪問看護師として彼女の元を訪れたクリスティアーネ。恋に落ち、共に暮らし始めた2人は子どもを生したいと望み、医療制度内の障害や肉体的かつ時間的な制約といった数々の困難に向き合いながら、ひとつずつ可能性を探り取り組んでいく。個としての尊厳や、互いへの尊重、愛するものと共に生きる喜びと葛藤、そうした普遍的なテーマに触れる物語だ。 ■“モンテッソーリ教育”の生みの親の劇的な人生『マリア・モンテッソーリ』 1898年、未婚のまま息子マリオを出産したマリア・モンテッソーリは、田舎の乳母に無期限でマリオを預けることを決める。そして彼女はイタリアで女性として初めて医師となり、障害児と接する教師を養成する研究所を設立。フランス人高級娼婦リリと連帯のネットワークを形成し、自立を可能にするだけでなく、心の自律性を信じる教育法を確立していく。 ドキュメンタリー作家として活動してきたレア・トドロフ監督の初の長編作品となった『マリア・モンテッソーリ』は、テイラー・スウィフトや藤井聡太が受けたことでも注目されている“モンテッソーリ教育”の生みの親であるマリア・モンテッソーリーの劇的な人生を色鮮やかに描写した一本。医師として教育者として、そして母親として、世界を変えた強く知的な女性の物語からは多くの学びを得られることだろう。 ■ハンガリーの気鋭が、名文学を大胆に翻案『マスターゲーム』 『Chuchotage』(18)が第91回アカデミー賞短編実写映画賞のショートリスト入りを果たし、続く長編『この世界に残されて』(19)も第92回アカデミー賞国際長編映画賞のショートリスト入りを果たしたハンガリーの新鋭バルナバーシュ・トート監督。彼の長編第3作となる『マスターゲーム』は、シュテファン・ツヴァイクの小説「チェスの話」を、1956年のハンガリー動乱を舞台に大胆に翻案した一本。 1956年のハンガリー動乱下のブダペスト。民衆蜂起を制圧するソ連軍の追跡を逃れたマールタとイシュテヴァーンは、西へと向かう最後の列車に飛び乗る。一方、あるカトリックの神父は当局に拘束され、ヴァチカンの財産をめぐり拷問を受けていた。それぞれの人生が、亡命列車で繰り広げられるチェスゲームを通して交錯する。大胆な演出と、細かく散りばめられた伏線で、最後まで片時も目が離せない作品に仕上がっている。 ■錚々たる顔ぶれのインタビューも!『ミシェル・ゴンドリー DO IT YOURSELF!』 ミュージックビデオの世界から映画界入りを果たし、『エターナル・サンシャイン』(04)から『グッバイ、サマー』(15)まで、多くの映画ファンを魅了しているミシェル・ゴンドリー。彼のキャリア初期から10年にわたってアシスタントを務めてきたフランソワ・ネメタ監督がメガホンをとった『ミシェル・ゴンドリー DO IT YOURSELF!』は、そんな稀代の芸術家の創造の本質に迫るドキュメンタリー作品だ。 音楽に親しむ家庭に育ち、発明家の祖父を持つゴンドリー。“DIY精神”で世界に変革を起こし続けるゴンドリーの初期ミュージックビデオから新作の撮影現場、ひいては極私的映像や豊富なアーカイブ、家族や錚々たるアーティスト・協働者たちのインタビューを織り交ぜながら、彼の表現と創造の秘密が解き明かされていく。“ものづくり”に興味を持つ人は特に必見だ。 ■ドキュメンタリー作家が手掛けるリアルな劇映画『別れ』 初長編となったドキュメンタリー映画『You Name It』で注目を集めたトルコのハサン・デミルタシュ監督が、長編劇映画に挑んだ『別れ』。モスクワ国際映画祭をはじめ、複数の国際映画祭で上映されている本作が、本映画祭でアジアン・プレミアを迎える。 1990年、トルコ東部のクルドの村、マラディン。息子一家と暮らす年老いたハミットは、5年前に他界した妻の墓参りを日課としていた。しかし、ある時始まった政治的混乱によって平穏な生活に変化が生じ、ハミットは村を去るか残るかの選択を迫られることとなる。トルコで現実に起きている問題を、プロの俳優と地元住民による抑制された演技と、静謐なショットでリアリティたっぷりに描きだす点は、ドキュメンタリー作家ならでは。 ■実在の事件を題材にした重厚なエンタメ追走劇『連れ去り児』 インドで実際に起こった乳児誘拐事件を題材に、厳しい経済格差の現状や防犯意識がSNSなどを介して増幅されていく現代社会の闇をエンタテインメントとして描ききった『連れ去り児』。手掛けたのは、これが初長編作品となったカラン・テージパル監督。すでにヴェネチア国際映画祭など数々の国際映画祭でコンペティション部門に選出され、高い評価を集めている。 あるインドの田舎町。駅のホームで寝ていた女性ジャンパ・マハトの元から赤ん坊が連れ去られた。帰省の途中、駅に立ち寄ったグータムとラマーンの兄弟は、子どもを誘拐した犯人と間違われ、事件に巻き込まれていく。貧困層であるがゆえに疑いを持たれながらも、強い意志で子どものゆくえを探し続ける母親を演じ、北京映画祭で最優秀女優賞を獲得したミア・メルザの熱演に注目だ。 ■フランス映画らしい軽やかな社会派コメディ『私たちのストライキ』 フランスの人気コメディ映画シリーズ「Les Tuche」の脚本家としても知られるネシム・チカムイ監督がメガホンをとった長編第2作『私たちのストライキ』は、高級ホテルで働く労働者たちの戦いを描く社会派コメディ。 ホテル業界格付け最高位の“パラス”を持つ高級ホテルで客室係チームとして働く20歳のエヴァは、異なる年齢や背景を持つメンバーと共に働きながら劣悪な労働環境の現実に直面していく。高い水準を維持するため不眠不休で働きながらも、宿泊客から不可視の存在であることを求められる彼女たちは、より良い労働条件を得るためにストライキを行ない、ホテルの前で自分たちの「ファッション・ウィーク」を開催する。 ■老夫婦を通して静かに問いかける『日曜日』 ウズベキスタン国立芸術文化大学で映画・テレビ演出の修士号を取得したショキール・コリコヴ監督の初長編作品『日曜日』は、老夫婦の姿を通し、目まぐるしく変化する現代社会のなかで“人としてよく生きる”とはどういうことなのかを問いかける一本。すでに第25回上海国際映画祭でアジア・ニュー・タレント賞最優秀作品賞を受賞するなど、各国の映画祭で愛されている。 静かな村で暮らす老夫婦は、質素ながらも満ち足りた暮らしを送っていた。しかしある時、町で暮らしている息子が彼らの慣れ親しんだ古い家を壊して新築する計画を立てる。反対する老夫婦だったが息子はまったく意に介さず、彼らの元に次々と最新の電化製品が運び込まれてくる。点けられないガス台や騒音を立てない冷蔵庫、思うように操作できないテレビなど、戸惑う老夫婦の暮らしは少しずつ壊されていき…。 ここで紹介した国際コンペティション10作品は、会期中それぞれ2回ずつスクリーン上映が行われ、『Before It Ends(英題)』と『マリア・モンテッソーリ』『私たちのストライキ』を除く7作品はオンライン配信でも鑑賞が可能。詳しい上映スケジュールやチケット情報、オンライン配信の詳細等は、映画祭の公式サイトでチェックしてほしい。 文/久保田 和馬