仁志敏久氏 米・独立リーグの劣悪な環境への思い込みであわや…「しょうがねえかなと思った」
前DeNA2軍監督の仁志敏久氏(52)が、巨人時代の同僚・槙原寛己氏のYouTube「ミスターパーフェクト槙原」に出演。39歳に挑戦した米・独立リーグ時代のエピソードを明かした。 【写真】巨人時代の仁志敏久氏 2009年シーズンをもって横浜(現DeNA)を退団した仁志氏は、米球界挑戦を表明した。 2010年、39歳のシーズンに米・独立リーグのランカスター・バーンストーマーズに入団する。 月2000ドルの給料制。槙原氏は「劣悪」な環境をイメージしたが、仁志氏は「よくはないけどそんな酷くはなかった」と当時を振り返った。 週末の試合は花火が上がり、8000人の球場がほぼ満員。興行として十分成り立っていた。 ただ、最初は仁志氏も槙原氏と同じ「劣悪」なイメージを持っていた。 最初の遠征の出来事だ。ホテルは個室ではない。屈強な同僚選手と相部屋だ。 案内されるとダブルベットがひとつ置いてあるだけだった。仁志氏は「独立リーグってやっぱり厳しいんだな」とあらためて感じたという。 ところが、相部屋の選手が「これはおかしいぞ」と声を上げた。確認するとホテル側の手違いで、ちゃんとツインルームに変更になった。 劣悪な環境の思い込みが先走り。仁志氏は「一瞬ダブルベッドでもしょうがねえかなと思った」と明かし、槙原氏を笑わせた。