気候危機の伝え方は間違っていた? 気温を目標にしてはダメと科学者が新たな提案
「影響を実感してもらうのは簡単ではありません」、設定すべき目標とは
これまで数十年にわたり、環境保護論者たちは、気候変動を抑制し、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃以下に抑えるために思い切った行動をとるよう、政府や企業、個人に求めてきた。 ギャラリー:海に沈みゆく巨大都市ジャカルタ、首都移転で人々はどうなる? 写真10点 しかし今、一部の気候専門家は、これとは異なる目標を立てるべきだと主張している。それは、気温の上限の代わりに海面上昇の上限を設定し、場所に応じて「約60センチかそれよりやや高い程度」と定めることだ。 「海面上昇は、直接的かつ目に見えて悪化を続けているため、気候変動の影響を人々が理解しやすいのです」と、米政府の元環境専門家で、2023年4月に米外交誌「フォーリン・アフェアーズ」にこの問題についての意見記事を書いたレイフ・ポメランス氏は言う。 米海洋大気局(NOAA)によれば、米沿岸の海面水位はすでに約30センチ上昇しており、温室効果ガスの排出が大幅に抑えられない限り、2100年までにさらに最大1.8メートル上昇する可能性がある。
海面上昇はなぜ危険なのか
気温の上昇は海の水を膨張させ、世界中の陸上の氷河を解かし、水位を上昇させる。この海面上昇がさまざまな地域で引き起こす損害に焦点を当てることは理にかなっていると、ポメランス氏は言う。なぜなら、それは「危険にさらされている生命と財産をじかに表すもの」だからだ。 米国の場合、沿岸部は米本土の陸地のうちわずか10%を占めるに過ぎないが、現在、同国の人口の40%がその周辺に住んでいる(編注:日本の国土交通省によれば、東京湾、伊勢湾、大阪湾にある満潮時の海面より低い「ゼロメートル地帯」には404万人が住んでいる)。 海面上昇はまた、全世界的にも重大な意味を持っている。バングラデシュやオランダのような低地の国々は、現在のような気温上昇が続けば広い範囲が浸水して「死刑宣告」を受けることになると、2023年2月に国連のグテレス事務総長は述べている。 気温上昇の1.5℃目標は「大半の米国人にとって何の意味も持っていません」と語るのは、米エール大学の気候変動コミュニケーションプログラムのディレクター、アンソニー・ライザロウィッツ氏だ。過去1万年の平均気温は非常に安定しており、たった1℃の変化が「帝国の興亡を招きました」。だが、そのことを知らず、1.5℃の上昇など取るに足らないと考える人が多いからだと、氏は述べている。 海面上昇は、気候変動がもたらす最も重大な影響のひとつだと、米シンクタンク、外交問題評議会(CFR)のエネルギー・環境専門家で、先述の意見記事の共著者であるアリス・C・ヒル氏は言う。 海面水位の上昇は、海のそばにある家屋だけでなく、何キロも内陸に位置する地域社会にも影響を及ぼす。道路や公共交通機関、衛生設備、浄水場、井戸、電力網、農地など、あらゆるものが被害を受ける可能性がある。さらに、ハリケーンなど強い熱帯低気圧の際に、すでに高くなった海面に高潮が重なれば、被害が大幅に拡大すると見込まれる。 こうした影響について人々に知らせることは、再生可能エネルギーをはじめとする気候変動の解決策を急いで導入するよう促すうえで重要だと、ポメランス氏は言う。気温に焦点を当てるだけでは、変化を起こすには至っておらず、結果として2023年は記録的な暑さとなり、世界の気温は1.5℃のリミットに近づきつつある。 米非営利団体クライメート・セントラルのウェブサイト「Coastal Risk Screening Tool」にあるマップを利用すれば、世界各地が海面上昇によってどの程度の影響を受けるかを、個人でも確認することができる。