ウクライナ侵攻や地方再生…現代社会が抱える問題解決のヒントを歴史時代小説で読む!
木内昇『惣十郎浮世始末』は、初の捕物帳とは思えない完成度である。北町奉行所定町廻同心の服部惣十郎は、薬種問屋で起きた放火殺人を追うが、解決できないまま、名家出身を名乗り怪しい護符を売る男による騙り、惣十郎が贔屓の三助による実母殺しの疑惑も担当するだけに事件が同時並行で起きるモジュラー型になっている。惣十郎が追う事件の背景には、信者を使ったインフルエンサーの犯罪、介護殺人といった現代と変わらない社会問題が置かれており、生々しい。 河﨑秋子『愚か者の石』は、明治中期の北海道樺戸集治監を舞台にしている。世の不正を正す運動に参加した東大生の瀬戸内巽は、樺戸集治監で二人を殺した山本大二郎と出会う。囚人に権利などなかった時代だけに、劣悪で非人道的な待遇には想像を絶するものがあるが、命令があれば不本意な仕事でも進めなければならず、不当な扱いをされても耐える状況は、組織の中にいれば程度の差こそあれ現代人でも直面する。その意味で本書は、働く意義、生きる意味、自由とは何かを問い掛けているのである。 吉森大祐『茨鬼 悪名奉行茨木理兵衛』は、伊勢国津藩九代藩主の藤堂高嶷に抜擢され藩政改革を進めた茨木理兵衛を主人公にしている。天明の飢饉で経済が低迷していた時代。理兵衛は、貧富の差を解消するために、豪農から土地を取り上げ貧しい農民に再配分する地割などを進めようとするが、その前に保守的な家老、既得権を持つ豪商、豪農が立ちはだかる。根回しを嫌い、強引に改革を進める理兵衛が敵を増やしていく展開は、改革をどのように進めるのが正解なのかを現代の日本人に突きつけていた。 谷津矢車が初の昭和史に挑んだ『二月二十六日のサクリファイス』は、二・二六事件を取り上げている。この事件は、皇道派と統制派の争いとして語られてきたが、著者は別の対立構造に着目し新たな視点で歴史を捉え直している。陸軍の問題点は、現代日本にも残っており、改革を急進的に行うべきか、漸進的に進めるべきかを問う視点は、『茨鬼』とも共通しており重く受け止める必要がある。 霧島兵庫が筆名を野上大樹に変えての第一作『ソコレの最終便』は、先の大戦末期、列車砲を大連港に運ぶ命令を受けた一〇一装甲列車隊の活躍を描いている。ソ連軍が迫るなか、補給も熟練兵も不足している装甲列車隊が、朝倉大尉の指揮と隊員の奮闘で危機を回避する展開は、正統派の戦争冒険小説になっている。迫力ある戦闘シーンを使い、動員された兵士が大量の死体に変えられる近代総力戦を批判した逆説も見事だった。 今年はミステリーとしても当たり年…充実の歴史時代小説に胸を熱くする! へ続く
末國 善己/オール讀物 2024年11・12月号