『虎に翼』最終回、寅子が穂高に激怒した「雨垂れ石を穿つ」を最後に肯定できた理由
特別ではない、ありふれた者たちの一滴がいつか石を穿つ
先週、久藤頼安(沢村一樹)が「頭の中のタッキー」に励まされていたように、桜川涼子(桜井ユキ)が「心のよねさん」に叱咤されていたように、たとえその人自身はそこにいなくても、その言葉や思いは残された人に影響を与え、後進の世代に連綿と受け継がれていく。 最終週でも、そのような描写は強調されていた。 寅子の「はて?」は、巡り巡って最高裁で弁論をするよねの口から発せられた。 多岐川幸四郎(滝藤賢一)が口を酸っぱくして繰り返していた「愛」の精神は、寅子をはじめとする家裁の人々を団結させた。 「思っていることは口に出したほうがいい!」という猪爪直道(上川周作)の言葉は、今も猪爪花江(森田望智)の、そして猪爪家の拠り所となっている。 寅子が相手の考えを引き出すときに使う「続けて」という言葉は、もともとは穂高重親(小林薫)が寅子にかけてくれたものだ。 ことあるごとに寅子を支え、勇気付けてきた“イマジナリー優三”や、最終回で優未や航一のもとに現れた“イマジナリー寅子”の存在は、もはや言うまでもないだろう。 これらはつまり、崔香淑/汐見香子(ハ・ヨンス)が言うところの「私たち全員、ずっと絆で繋がっている」状態であり、寅子が「みんなが体の一部になっている」と表現したものだ。 女子部の集まりにおいて、年老いた竹原梅子(平岩紙)が居眠りしてしまっていても、轟太一(戸塚純貴)が「そこにいてくれるだけでいい」と語ったように、先人たちが確かにそこにいたという事実の積み重ねが、私たちを形づくっていく。 すなわち、一人ひとりが雨垂れの一滴となり、いつかどこかの石を穿つのだ。それは今すぐではないかもしれないが、「さよーならまたいつか!」と言わんばかりに、確実に後世へと繋がっている。 「未来の人たちのためにみずから雨垂れを選ぶことは苦ではありません」と寅子が語るように、人から強いられて雨垂れにさせられることと、みずから主体的に雨垂れになることには、大きな違いがある。かつて寅子が穂高教授に頑ななまでに反発したのも、寅子の意思を無視して「雨垂れ石を穿つ、でいいじゃないか」と決めてかかったからだ。寅子が最後までこだわったのは、「自分で納得して選ぶ」ことなのだ。 そして、その雨垂れの一滴一滴は、決して特別な成果や功績を成し遂げた人ばかりではない。梅子のように法律家の資格を取らなかった人も、花江のように家族を支えることに幸せや喜びを見出した人も、優未のように何者にもならなかった人も、誰もが一生懸命にその人の人生を生き、歴史を作り上げてきた一人なのだ。 「はて? いつだって私のような女はごまんといますよ。ただ時代がそれを許さず、特別にしただけです」 最終回のラストシーンで、寅子がそう語ることには、だから大きな意味がある。この社会に「特別な女」など存在しない。誰もがありふれた市井の女性たちであり、そして誰もがかけがえのない存在なのだ。 【連載一覧】 ・第25週:『虎に翼』米津玄師の歌詞が予告していた、「本当の自分」に戻った寅子の重要な気づき ・第24週:『虎に翼』が示した、「若者世代」に対する「大人世代」の「理想の態度」とは ・第23週:夏休み最終日なのに宿題が終わらない…!そんな小4の息子をママが「安心して見守れる」理由 ・第22週:『虎に翼』寅子が後輩の女性にかけた「優しい言葉」は「優三の言葉」と重なっていた ・第21週:『虎に翼』が人の「曲げられないこだわり」を「人権」として扱ったことの重要性 ・第20週:『虎に翼』が「結婚」と「戦争」の問題を同時並行で描いた意味 ・第19週:『虎に翼』寅子と航一はなぜ「滑って転んだ」あと「永遠を誓わない、だらしない愛」に進んだのか ・第18週:『虎に翼』航一が苦しむ「戦争責任」は「無自覚な差別」と地続きの問題だった ・第17週:『虎に翼』玉が涼子に、あえて「英語」で親友になってくれる?と聞いた理由 ・第16週:『虎に翼』寅子が直面した「境界線」の問題。越えていい・越えてはいけない一線とは ・第15週:『虎に翼』直明は「もう一人の優未」だった?家族会議で「子供のような発言」をした理由 ・第14週:『虎に翼』寅子の穂高への怒りは「父殺し」? 寅子を待ち受ける「復讐」される未来 ・第13週:『虎に翼』梅子が「家族を捨てた」理由と、花江が「家族を支える」理由の意外な共通点 ・第12週:『虎に翼』寅子が母・はるとの別れで子供のように泣きじゃくった「大事な理由」 ・第11週:『虎に翼』の寅子と多岐川にある、「逃げた」過去以外の「大きな共通点」 ・第10週:『虎に翼』寅子の「はて?」を復活させたのが神保教授ではなく穂高教授だったことの秀逸さ
福田 フクスケ(編集者・ライター)