保険を切り口に社会課題解決策を模索 三井住友海上がスタートアップと共創イベントを実施
三井住友海上火災保険株式会社は2024年3月22日、ネットワークキングイベント「MSI スタートアップ・ギャザリング」を開いた。複合施設「麻布台ヒルズ」で2023年11月末に開業したベンチャーキャピタル集積拠点「Tokyo Venture Capital Hub」で、VC以外の事業会社が開催した初のイベントとなった。 【もっと写真を見る】
三井住友海上火災保険株式会社(以下、三井住友海上)は2024年3月22日、ネットワークキングイベント「MSI スタートアップ・ギャザリング」を開いた。複合施設「麻布台ヒルズ」(東京都港区)で2023年11月末に開業したベンチャーキャピタル(VC)集積拠点「Tokyo Venture Capital Hub(東京ベンチャーキャプタルハブ)」でVC以外の事業会社が開催した初のイベントとなった。 「社会課題解決への挑戦」をパートナー企業2社と語る イベントでは「社会課題解決への挑戦」をテーマに三井住友海上グループが出資するパートナー企業2社とのパネルディスカッションが開かれた。 パネリストには、人工筋肉を使ったソフトロボット事業を展開する株式会社ソラリス代表取締役CEOの梅田清氏と、道路点検AIを開発する株式会社アーバンエックステクノロジーズ代表取締役社長の前田紘弥氏が登壇。モデレーターは三井住友海上ビジネスデザイン部企画チーム課長でCVCの三井住友海上キャピタルを兼務する沼田江一郎氏が務めた。 独自の「空気圧人工筋肉」を使ったロボット事業を展開するソラリス ソラリスは中央大学初の大学発ベンチャーで、理工学部の中村太郎教授が20年以上研究してきた「生き物の動きや機能を模倣したロボットを事業化する」ため2017年に設立。梅田氏は2020年に参加し、翌年4月に中村教授から代表を引き継いだ。 同社のロボットはモーターを使わず、独自の「空気圧人工筋肉」で柔らかくしなやかに動くので「ソフトロボット」と呼ぶ。社会実装を目指して事業立ち上げ中なのがミミズ型管内走行ロボット「Sooha(ソーハ)」で、ミミズの動きである「ぜん動運動」によって細くて複雑な配管を進むことができる。重要な社会インフラなど配管の維持管理をソフトロボットが担う世界を実現する。 上下水道のようなインフラ配管やマンション、ビルの排水管、工場やプラントの配管は経年劣化で事故が発生し、保険会社の収益を圧迫しているという。事故が起こる前に「Sooha」を使って点検し、事故の予兆を発見して予防保全する。 複雑な配管を垂直方向でも進む「Sooha」の本体は空洞なので、検査装置や清掃機構を搭載できる。カメラで撮影した管内画像を3Dマッピングした「配管デジタルツイン」の実現にも取り組んでいる。「ミミズ型管内走行ロボットは本当にワン・アンド・オンリーで世界中探しても同じ機構で動くものはない。プラットフォームとして、いろいろな会社とオープンイノベーションを展開したい」と梅田氏は説明した。 アーバンエックステクノロジーズは道路点検AIを開発 続いて、アーバンエックステクノロジーズの前田氏が道路点検AIを紹介した。東京大学の研究をベースにしたスタートアップで、前田氏自身がインフラ管理のデジタル化を研究し、社会実装するため起業した。 同社は「しなやかな都市インフラ管理を支えるデジタル基盤をつくる」をビジョンに掲げ、都市インフラの持続可能性を高めるためのソリューションを展開。顧客には行政機関が多く、行政インフラ管理者向けのサービスを提供している。 道路点検AIの「RoadManager(ロードマネージャー)」は、道路管理者向けにAIによる道路損傷を検知するサービスで、のちに三井住友海上と共同開発した「ドラレコ・ロードマネージャー」へと発展した。車載スマートフォンやドライブレコーダーで撮影した画像をAI分析して道路の破損箇所を検知するシステムだ。 このほか、市民と行政をつなぐコラボレーションツールで市民協働投稿サービス「My City Report for citizens」など、サービス全体で累計40以上の自治体での導入実績があるという。前田氏は「都市インフラをアップデートし、すべての人の生活を豊かにすることをミッションにしている」と自社を紹介した。 取り壊し予定のビルで実証実験した経験が今につながる ソラリスは大学の研究室の一角を借りて開発していたので、十分なテスト環境が確保できなかった。三井住友海上から保有する取り壊し予定のオフィスビルで試してはどうかと提案され、ロボットを持ち込んで2022年8月に実証実験を行った。ビルは地上4階、地下1階の鉄筋コンクリートで築40年以上。配管メンテナンスは過去に行われていなかった。 「ロボットを入れてみると想像以上に激しい状況。非常にハードな条件で最初にトライしたことが今につながっている」と梅田氏は振り返った。ロボットの品質は向上し、2024年3月にはある化学プラントで、複数個所の配管を合計数十メートル走り、故障もなく成果を出したという。 保険会社と協業するメリットについては「事故に関するデータが集まっていること」と梅田氏は指摘。ビルやマンションの漏水事故、製造工場やプラントで配管に起因した火災、配管亀裂による事故など、インフラ配管は経年劣化で問題が多発している。 「こうしたところで実証実験して現場で使えるロボットの要件を確定し、配管の予防保全をしたい」と梅田氏は抱負を語った。三井住友海上が保険と合わせて提供する補償前後のソリューションへの採用を目指している。 協業によって従来の発想やカルチャーではできなかったサービスが実現 「ドラレコ・ロードマネージャー」は、保険とセットで販売しているドラレコ型自動車保険のデータを使って実現したサービスだ。官民連携DXによるAI道路点検サービスとして、内閣府主催の第6回日本オープンイノベーション大賞で国土交通大臣賞を2024年2月に受賞している。 アーバンエックステクノロジーズが三井住友海上と出会ったのは創業直後だったという。「道路の点検で走る黄色いパトロールカーが『RoadManager』を搭載したスマートフォンを装備して走れば点検が高度化してコストが下がる」と提案をしていた頃に三井住友海上と出会い、保険契約したドライブレコーダーが全国で数十万台規模あると知った。「そのドラレコでAIを動かせば黄色いパトロールカーでなくても街中の点検が勝手に集まる。そんな世界観から協業した」と前田氏は経緯を説明した。 三井住友海上の大規模なアセットで通信機能付き専用ドライブレコーダーと、全国の支店を使った営業力、アーバンエックステクノロジーズのAI画像分析技術の知見を組み合わせたオープンイノベーションだ。 三井住友海上の沼田氏は「アイデア自体は社内のアイデアコンテストから出てきた。従来の保険会社の発想やカルチャーでは実現できなかったサービスが世に出て、自治体に導入いただいた例だ」と補足した。 ソラリスの梅田氏は、CVCの三井住友海上キャピタルが出資した2021年からの関係で、「若手を送り込んでいただいた。断トツにフットワークが軽い」と出向者の働きぶりを披露した。顧客の配管に関する困り事を話すと「それならここに持っていけるのでは」とすぐにアイデアを提案されたという。 アーバンエックステクノロジーズの前田氏も「当社にも1人来ていただいている。あと10人お願いしたい(笑)」としたうえで、協業では全国のドライブレコーダーにソフトウェアをインストールしつつ通常機能を止めない検証で、膨大なチェックリストに驚いたという。「ドライブレコーダーの限られたハードウェアリソースで(ソフトウェアを)動かすなど、鍛えられた。会社と会社の取引で要求されるものすごいチェックリストは初めてで、力をつけさせていただいた」と振り返った。 沼田氏は「保険会社は保険以外のビジネスをこれまであまりしてこなかったため、新規事業の経験値が少ない。新規事業を推進するスタートアップの熱意とカルチャーを当社に取り入れたい思いで(人を)出している」とした。 大手企業と組むハードルについてソラリスの梅田氏は「保険会社は我々のロボットを完成品として期待している」とした。「2023年3月に東京都内で新しいオフィスを開業し、自動車整備工場に居抜きで入った。そこで日々実験して品質が上がっている。要求される品質になんとしても応えたい思いで投資に踏み切った」と述べた。 ほかに大手企業と組むハードルとして、アーバンエックステクノロジーズの前田氏は「軽微なものではコミュニケーション。当初はメールでファイルのやり取りが大変だった。今は(ビジネス用チャットツールの)Slackを使い、(クラウドの)ドライブで共有してよくなった」と述べた。沼田氏は「Slackもちょっと前なら(社内で)考えられなかった。ツールも含めて伝統的な保険会社が変わっていくきっかけを与えてくれた」と話した。 確実な事業立ち上げを目指す梅田氏は「ソフトロボットと言えばソラリスだと思ってもらえるようになりたい」としたうえで、会場の参加者に「いろいろなセンサーや特殊な清掃器具などアイデア次第で盛り込める。面白いアイデアがあれば気軽に連絡してほしい」と呼びかけた。 アーバンエックステクノロジーズの前田氏は「2030年までにほとんどの街でアーバンエックステクノロジーズのソフトウェアを入れたい」とした。会場参加者には「都市インフラ管理のDX、老朽化で事業化を考えていたらお声がけを」と話した。 沼田氏は「ソラリスは配管の点検で保険金の支払い対象となる事故を予見・抑制して喜ばれ、我々も事業の安定化につながる。アーバンエックステクノロジーズは当社のドラレコをつけた顧客の車がたくさん走って自治体の道路点検に貢献できるため、地域に貢献したい地元企業にアピールでき、当社の認知・信頼が最終的に保険の収益につながる」と2社との協業の意義を再確認した。 スタートアップに向けて三井住友海上がリバースピッチ スタートアップがVCやコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)など投資家やスポンサー企業にビジネスアイデアを提案・説明する「ピッチ」とは逆に、「リバースピッチ」は事業会社側からスタートアップに求める事業を説明して協業を模索する。 会場に招待されたスタートアップや事業会社、CVC、VCを前に、三井住友海上の執行役員でビジネスデザイン部長の平野訓行氏がプレゼンテーションした。 平野氏は「我々は損害保険会社だが、顧客に提供する幅を広げるため皆さんと協業したい。我々だけが成長してもだめで、我々の課題を解決するだけでもだめ。世の中の課題をスタートアップの皆さんと一緒になって解決していきたい」と切り出した。 三井住友海上がスタートアップに求める協業領域は、「(1)保険金のお支払いの高度化 (2)保険事業・収益の拡大 (3)業務の高度化・効率化(事業費適正化)」の3つの切り口で力を貸してください、と平野氏は訴えた。 補償以外にも顧客に提供できるサービスがあるはず 損害保険における契約の流れの概念図を示しながら平野氏は、保険の加入動線の組み込みについて自動車保険を例に説明した。「(日本では)自動車はディーラーで売るのが大半だが、中国をはじめ海外ではオンラインで売られることがあり、エンベデッド(組み込み)で保険も同時に入れる。このような取組は三井住友海上だけではできないので協業のポイントになる」と解説。 住宅の場合は、家を購入して保険に入るのがこれまでの導線。自然災害や火災、泥棒の被害に遭いたくないが、防げなかったときのために保険が存在する。けれども、そもそも泥棒に入られない鍵自体を提供できないだろうか。「防犯グッズと保険は親和性があるから、グッズ単体を販売している会社と一緒に行う協業もはじめている」。 また、顧客は保険金の受け取りよりも現状復帰の役務サービスを求めている。受け取った保険金で家の修繕を頼み、自動車を直すからだ。「今まで保険金をお支払いすることしかできなかったが、それ以外の解決があるはず」と平野氏は話した。鍵の販売や現状復帰のサービスを三井住友海上では単体で行っていないので、協業を模索しているという。 AIやビッグデータなどの活用で業務の効率化や高度化も図る 保険金の支払いにおいては、事故受付は人界戦術に頼っており、コールセンターに生成AI(人工知能)を入れるなどしてシステムを効率化し、高度化したいという課題もあるという。損害調査や示談交渉もアナログだ。保険引き受け条件を判断する「アンダーライティング」では、確率や統計など数理業務の専門職であるアクチュアリーが担う計算にビッグデータを活用したいが、自社だけでは難しい。 保険会社は多くの事故を検証してきたので、事故に関する注意喚起も有望だ。平野氏は「実は多少の予兆検知ができるようになってきているけれどもアナウンスする方法がない」と話す。気をつければよかったというポイントの知見が積み重なってもアドバイスをする機会がなかった。業務の高度化・効率化のテーマは多岐にわたり、「この技術が使えるという話があれば一緒に取り組んでもらえるとありがたい」と平野氏は訴えた。 事故発生の前後をサポートするソリューション 不幸にして事故が起こった際には、保険金を支払って終わりではなく、早く立ち直ってほしい。平野氏は「本当にもっとお役に立ちたい。これまで金銭補償以外のことはできなかったが、改正保険業法で顧客の役に立つのであればやってもいい時代になってきた」と時代の変化を説明した。 三井住友海上が2023年4月からサービスを始めたのが、保険による補償前後におけるリスクソリューションの提供だ。事故・災害の被害を未然に防ぐ「事故発生前」の予防と、「事故発生後」のリカバリーを支援する複数のソリューションを提供している。 例として、米国のインシュアテック企業Coalition(コアリション)と提供している「サイバーリスクファインダー」がある。企業のサイバーリスクに対するセキュリティの脆弱性を診断するサービスで、診断スコアや被害想定額、セキュリティ上の課題のほかインターネット上に流出しているデータなどをレポート形式で提供するというもの。 平野氏は「このサービスの提供先のサイバーセキュリティーリスクはすごく下がるので保険を引き受けやすくなる」と紹介した。こうした「保険の前後」のサービスを拡大するため「お力を貸していただきたい」と締めくくった。 文● 小島昇 編集●ASCII STARTUP 撮影●平原克彦