石破茂首相は拡大し続けるインバウンド、そして日本の観光についてどう考えているのか。過去に掲げていた主張から見えるもの
地方の生産性はまだ伸ばせる
観光に関しては、別のデータも「伸びしろ」があることを示しています。2013年に日本のGDPに占める観光の割合は、1.9パーセントでした。同じ年の比較は難しいのですが、スペインは5.9パーセント(2008年)、オーストリアは5.5パーセント(2011年)、ドイツは4.4パーセント(2010年)ですから、まだまだ伸ばしていくことは可能でしょうし、また伸ばしていくべきです。 この数年で、海外からの観光客数が飛躍的に伸びていることは報道などでご存知のことと思います。2016年には訪日外国人が2千万人を超えました。が、これで満足していてはいけないのだと思います。 日本国内での労働生産性を見てみると、ここでも自治体によって大きな差があることがわかります。 2012年のデータでは、1位の東京が1090万円。対して最下位のわが地元、鳥取県は600万円となっています。基本的に大都市がある自治体は高く、田舎のほうが低い傾向にあります。これもまた、地方には伸びしろがあることを示していると言えます。 そもそも現在、地方の観光業は人手不足の傾向もあるわけですから、生産性を上げていかざるをえないのです。 具体的にどうするか。ごく単純な例で言えば、かつての旅館であれば、フロント専従、掃除専従、といった人がいました。 しかし、ITや電気機器の進化によって、いくつかの仕事は兼務も可能になっているとすれば、1人で何役かつとめることはそう難しくはない可能性があります。仮にこれまで2人でやっていた仕事を同じ勤務時間内に1人でこなせば、労働生産性は2倍になります。 その分、雇用を減らせということにはなりません。そもそも地方は人手不足ですから、これからはむしろ、生産性を上げないと回っていかないのです。
インバウンド頼みではいけない
2015年は、海外からの観光客が増加し、「爆買い」「インバウンド(訪日外国人旅行)」といった言葉が流行語になりました。旅行業、サービス業にとって、インバウンドが大きな可能性を持つ存在なのは間違いありません。観光業界にとって、外国人旅行客は救世主的な存在になりつつあります。 2015年、箱根山の噴火で一時期観光客が激減した箱根も、それまであまり力を入れていなかった外国人観光客の誘致を積極的に行ったことで、苦境を脱したそうです。 政府としても、外国人観光客はまだまだ増やしていけると見ていますし、そのための施策を打ち出していきますから、今後も増加傾向は続くでしょう。 ただ一方で、インバウンドにのみ過大な期待を抱くことは避けるべきだと思います。 というのも、実はどんなにインバウンドを増やしたところで、旅行産業全体に占める売り上げの20パーセントくらいまでが限度だと見られているからです。しかも、中国の景気や為替の動向次第ですぐにまた減少することも十分ありえます。 もちろん、欧米からの旅行者を増やせれば、その分でカバーできるかもしれませんが、それもまた何らかの要因で減少するリスクは常にあるわけです。 これからも海外からのお客様をもてなしていくための努力は続けるにしても、国内の需要も高めていかねばなりません。 こちらのほうが安定的な需要なのですから、日本人の旅行を増やすことが王道です。インバウンドが持て囃される一方で、日本人の旅行者数はほとんど増えていません。それについてもまだまだ工夫の余地は残っていると思います。 この点で、注目すべき存在の一つは星野リゾートでしょう。同社の経営する宿泊施設は、海外からの旅行客や団体旅行を主なターゲットとしていません。そして、宿泊料金は決して安いとは言えません。場合によっては、旅行代理店のパックツアーの数倍かかることもあるでしょう。 それでも多くの日本人の旅行者がそこに宿泊し、そしてリピーターとなっているのです。安易に安売りに走るのではなく、一級のサービスを提供して、相応の料金を払ってもらう。このようなビジネスのあり方には学ぶところが多くあるように思います。 (2017年『日本列島創生論―地方は国家の希望なり―』より) 石破茂 1957(昭和32)年生まれ、鳥取県出身。慶應義塾大学法学部卒。1986年衆議院議員に全国最年少で初当選。防衛大臣、農林水産大臣、地方創生・国家戦略特別区域担当大臣などを歴任。2024年、第102代内閣総理大臣就任。著書に『国防』『日本列島創生論』など。
石破茂