アラ還のアラフィフのアラフォーの青春と遊びを支えてくれたレガシィが終わる! 26年6世代の歴史に涙!!
6世代に渡って愛されたレガシィを振り返る
スバル・レガシィが誕生したのは、1989年である。この年には、トヨタからセルシオが生まれ、日産ではR32スカイラインへのモデルチェンジがあり、GT-Rが16年ぶりに復活した。また、セルシオと競合するインフィニティQ45が登場している。翌90年には、ホンダNSXが生まれた。バブル経済絶頂期であった。 【画像】スバル・レガシィ ツーリングワゴン(初代)のスタイリングなどを見る レガシィは、それまでのレオーネの後継に位置づけられる。レオーネは、スバルとして初の量販市販登録車となるスバル1000の後継で、技術を継承したクルマだった。それゆえ、1980年代のクルマとしてやや時代遅れとなりつつあり、性能の限界が近づいていたといえる。 そこでレガシィは、車体から一新したまさしく新型車両であり、そのなかで当時スバルが主張したのは、車体剛性の高さであった。 ちなみにホンダは2代目プレリュードで、ダブルウイッシュボーンサスペンションの採用をひとつの技術的特徴とし、走行性能の高さを示そうとした。外観の造形も、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)でありながらウェッジシェイプの精悍さであった。 90年に登場する日産プリメーラも、マルチリンクサスペンションを採用し、FFでありながら操縦安定性の高さと俊敏な走りを特徴とした4ドアセダンとした。 それらに対し、レガシィはこれまでと変わらぬストラット式サスペンションを継承しながら、優れた操縦安定性の基になるのは車体剛性であると主張し、10万kmの連続走行による耐久性や、世界ラリー選手権への出場を通じ、実証に努めた。そして93年のニュージーランドラリーで初優勝を果たす。その成果を次のインプレッサへつなぎ、95~97年まで3年連続で製造者としてタイトルを獲得する。その基礎が、初代レガシィに詰まっていた。 また、スバルの人気を高めた4輪駆動と、独自の価値を生み出したツーリングワゴンが、レオーネから引き継がれている。