【Around30】TPPに負けないコメづくりをめざす「脱サラコメ農家」
五十嵐さんが作ったコメの、炊き立てのごはん
【連載】Around30 人生の分岐点~私はこれで生きていく~ 第3回 コメ農家(元都内農協金融担当営業マン) 五十嵐雅敏さん(30) 結婚、海外転勤、転職、起業…30歳が近づくと急に迎える人生の転機。そんな時に「私はこれで生きていく」という決断をした30歳前後の人の人生に、少しだけおじゃまさせてもらった。不定期連載でお送りするこの企画の第3回は、脱サラコメ農家の五十嵐雅敏さん。昨年10月のTPP大筋合意で今後を悲観するコメ農家もいる中、新米パパで、まもなくコメ農家4年生となる五十嵐さんの奮闘の毎日に迫った。
サラリーマンを辞め、故郷の秋田県大潟村へ
秋田市から北に車で1時間。かつては琵琶湖に次ぐ日本第2の湖だった場所に、3200余りの人が住む。秋田県大潟村は、道が広く整備され、碁盤の目のように配置されている。 五十嵐雅敏さんは、東京の大学を卒業後、都内の農協で5年間のサラリーマン生活を経て、2013年にふるさとに戻ってきた。五十嵐さんは、大潟村に入植した第3世代。祖父の代に山形県尾花沢市から入植してきた。父親である敏夫さん(61)から、近い将来コメ農家としての経営権を引き継ぐ。事業承継に向けて日々勉強中だ。
実家から送られてきたコメのおいしさ
前職は農協の金融部門で渉外担当、いわゆる営業マン。自身の担当エリアの顧客の定期預金やJA共済の紹介をしたり、家やマンションを買いたい人への融資や税金の相談にのるのが仕事だった。 18歳の時、大学に通うために東京に出てきた。卒業後は警察官になるつもりだった。フジテレビの大人気刑事ドラマ『踊る大捜査線』を見て、警察官に憧れていたからだ。 しかし、大学1年生のある日、実家から送られてきたコメを炊いて同級生らと食べた時、みんなが「おいしい!」と言ってもりもり食べる様子を見て、将来の進路が変わった。「父親のようなコメ農家になり、いつか自分で作ったコメを食べて『おいしい』と言ってもらいたい」と思ったのだそうだ。