『BLOODY ESCAPE』谷口悟朗監督が語る、監督業への向き合い方「“どんなものでもやります“という、専門を持たないやり方」
「コードギアス」シリーズや『ONE PIECE FILM RED』(22)の谷口悟朗が原案、脚本、監督を務める『BLOODY ESCAPE -地獄の逃走劇-』(1月5日公開)。遠い未来、壁で分断された街「東京」を舞台に、人体実験によって改造人間となったキサラギが、不死身の吸血鬼集団やヤクザから逃走する姿を描くバイオレンスアクションだ。 【写真を見る】登場人物全員ヤバすぎ!内田雄馬演じるジャミとの友情ドラマが熱い 主人公の改造人間キサラギ役は小野友樹、新宿クラスタに住む少女ルナルゥ役は上田麗奈、ルナルゥの兄クルス役は斉藤壮馬など豪華な声優陣でも話題の本作。MOVIE WALKER PRESSでは、監督を務めた谷口悟朗にインタビューを敢行。「エスタブライフ」シリーズとして制作された本作の世界観づくりから、監督デビュー25周年への想い、大ヒット作となった『ONE PIECE FILM RED』での感謝の気持ちなどをたっぷり語ってもらった。 ■「映画ではテレビだとできないことをやろう」 映画として完成した本作だが、企画立ち上げ時にはフォーマットは決まっていなかったそう。「テレビにするか映画にするか。どのような形になるにせよ、まず最初にあの世界を作っちゃって、どのような切り方もできるようなアプローチで行きましょう、と話しているうちにテレビと映画、最低2つ作ったほうがおもしろいかも、という流れになりました。そこで、テレビでは明るく楽しく、映画は思いっきり振り切ってやることに決めました」と制作過程を振り返る。 「映画ではテレビではやれないことをやろう、とは思っていたものの、フジテレビさんが入っているから脚本チェックでストップがかかることはあるだろうと想定していました。でも、森(彬俊)プロデューサーを中心にフジテレビさんはアニメの表現に関してかなりの理解を示してくれまして。結果的には通常のアニメーションではやらないような撮り方も許してもらえました。作品作りって、結局組織内のプロデューサーの腹づもりで全部決まりますからね。腹を据えてくれて本当にありがたかったし、よかったなと思っています」と感謝の言葉と共に、充実感をにじませる。 声優陣は、谷口監督が信頼を寄せるメンバーが集結した。「キャスティングでのこだわりがあるとすれば、一人前の役者として評価して良い人たち。演技としてやらねばいけないことをちゃんとできる人ということです。自分の見せ方を考えるのではなく、キャラクターの見せ方をなによりも優先できること」とキッパリ。今回のアフレコは役者が演じるためにプリビズ(仮素材を使って制作されるシミュレーション映像)など最低限の情報を渡すスタイルでのプレスコ(最初にセリフの収録を行い、後に映像を制作する手法)を採用した。「表現の幅が限られてしまうと役者さんが持つ本来のポテンシャルを閉じ込めることになる。私としてはそれをあまりよい とは思っていません。今回はアニメーション制作のポリゴン・ピクチュアズさんとお話をして、役者のよい演技を引き出せるような材料を作ってもらったというところです」と、映像もなにもなく台本だけ渡される形でのプレスコとは違う点を解説した。 主題歌はアツキタケトモの「匿名奇謀」。絶望のなかの足掻きを歌詞で表現した激しいサウンドの楽曲で、社会へのなじめなさや生きづらさなどを表現している。「主題歌に関しては割といろいろとリクエストは出しました。まず、エンディングに流れるからと言って、しっとりじゃなくていいということ。そしてサビは伝えやすくしてほしいということ。当然ながら楽曲が部分的に切り取られて予告に使われたりすることもあります。サビから入る人もいるからわかりやすさは大切かなって。観終わったあとにエンディングを聴きながら肩で風を切って歩くような、前進感のようなものを纏ってもらえたらいいなという想いも込めています」。 ■「本当は子ども向けのアニメシリーズを作りたかったんです」 2023年に監督デビュー25周年を迎えた谷口監督。ターニングポイントとなった作品は「アルプスの少女ハイジ」だと話す。「子どものころに観ていたんですが、高校生になった時にふと夕方の再放送で改めて観て、価値を再発見しました。あまり深く考えずに何気なく観ていたけれど、ちょっととんでもないことをやっている作品だぞ、と目が覚めました」と衝撃度を解説。 「中学、高校生ってインプットされてくる知識に対しての感度が一番高いころ。当時はサブカル的な知識がバーッと広がってきていた時期で、アニメ、漫画、映画、音楽などをいろいろと吸収していた時期でした。音楽だったらYMOを聴いているのは普通だし、寺山修司とか安部公房なんかは基礎中の基礎じゃない?みたいな感じで。演出的なところで当時の私が意識していたのは、大島渚監督、押井守監督、森田芳光監督、相米慎二監督たち。そういった面々の作品が一番イケてるんだろうと思っていたけれど、『アルプスの少女ハイジ』を観た瞬間に全部吹き飛んじゃったんです、『なんじゃこりゃ!』って。これは大きな出来事だったし、間違いなくターニングポイントだと言えます」と断言した。 「アルプスの少女ハイジ」で衝撃を受けるも、興味があったのは実写や演劇だった。「だから日本映画学校に行っちゃったわけです」とニヤリ。「私は第一期生で、優秀なのがわらわらいる時代。普通にいまでも活躍している人達がいっぱいいます」と誇らしげに語る。それがどうしてアニメの世界へと足を踏み入れることになったのか。「テレビもやった関係で、実写はとりあえず一通りかじりました。でもアニメはなにもやったことがない。やってダメだったら実写に戻ってくればいい、実写はいつでも人手不足だから、戻ってきてもなんとかなると思って、一旦アニメのほうに来ちゃったんです」と微笑む。「やってみようかな」という軽い気持ちで足を踏み入れたアニメの世界だが、やりたいことは明確にあった。「本当は子ども向けのアニメシリーズを作りたかったんです」と明かす谷口監督だが、時代の流れもあり「なんとなくアニメの世界でオリジナルのものがたまたまうまく行っちゃったんですよね。その後、私に子ども向けのアニメーションの企画もなにも提示される隙間もないまま、まあいいかと受けたのが『ONE PIECE FILM RED』でした」と語る。 実は谷口監督はテレビアニメが始まる前の1998年に、監督デビュー作となる「ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック」を手掛けている。そして、実に約24年ぶりにシリーズに関わり、アンコール上映を含めてシリーズ歴代最高の興行収入200億円を突破した『ONE PIECE FILM RED』 に対しては、「いい景色を見させていただきました。感謝しています」としみじみ振り返る。「オファーの際にプロデューサーから『100億を突破してほしい』と言われた時は、ちょっとこの人頭おかしいとは思いましたね(笑)。東映グループ全体でも100億円は超えたことがないですし、『ONE PIECE』にいたっては基本的に20~60億くらいの作品。当時は『劇場版 名探偵コナン』ですら100億を超えていないというのになにを言っているんだと。ただ、そう言ってくれたからこそ乱暴な手が打てたわけです。外部からのスタッフも何人か引き連れて作ることも出来たわけですから」とうれしそうに話す。 そして、『ONE PIECE FILM RED』でもフジテレビのプロデューサーの存在が大きかった。「梶本(圭)プロデューサーが監督の意向を尊重しますと言ってくださり、これは本当にありがたいことでした」と笑顔を見せる。「『ジャングル大帝』で初めてフジテレビさんと関わったころから、フジテレビのアニメに対する考え方がしっかりしていること、そしてそれが受け継がれているなと感じています」と想いを語り、「『ONE PIECE FILM RED』であれだけの興行成績を叩き出せたことは、少なくとも数年は名前が残るということ。やっぱりそれはスタッフに対して一番のお土産になると思っています。あの作品で私にできるお礼、お返しはそれしかない。うれしいに決まってますよね」と満足の表情を浮かべた。 ■「アニメ業界で一番無能なのは自分だと思っているくらいなんです」 演出業にこだわり続けてきた谷口監督の、監督であり続けるためのこだわり、譲れないこととは。「監督であり続けるためにと考えたことはないです。私はいつも『気に入らなかったら首を斬ってください』というスタンスでやっています。大手のアニメーション会社の出身でもなければ、アニメーターをやっていたわけでもない。声の仕事をしているわけでもないし。要するになにもない、アニメ業界で一番無能なのは自分だと思っているくらいなんです。会社というバックボーンがないから、主張しないと埋もれていってしまう。でも、埋もれて結果的に監督ができなくなるならそれまでのこと。そうなりたくないから、そうならないように動いているだけなんです。気をつけていることがあるとしたら、同じようなジャンルのものを連続してやったりしないこと。つまり、なにかの専門家にならないことです。ロボットアニメ、日常系アニメ、萌え系、コメディ、それぞれに専門家がいます。そういう方たちは才能が豊かなんです。私は、どんなものでもやりますという専門を持たないやり方。専門家の皆さんはイタリアンとかフレンチのシェフのようなもので、私はどちらかというと大衆食堂。『カルボナーラ作りながら刺身定食も出しちゃうよ』みたいな感じです(笑)」とジョーク混じりで笑い飛ばしつつも、自身の主張はしっかり伝える。 「その代わり、自分のなかでOKを出したものしか(料理として)出さない、そこだけは譲れません。安かろう悪かろうはご勘弁ください。それによりアニメーターや役者が腹を立てようが私は痛くも痒くもありません。だって、最初からなにも持っていないんだから。犯罪を犯さない “無敵の人”です」と監督という職業への向き合い方を教えてくれた。 取材・文/タナカシノブ