1日で約2億円以上を売り上げ「チャイニーズ・ドリーム」を実現した中国人が、忽然と姿を消した…「夢」から覚めさせられた中国人
中国は、「ふしぎな国」である。 いまほど、中国が読みにくい時代はなく、かつ、今後ますます「ふしぎな国」になっていくであろう中国。 【写真】中国で「おっかない時代」の幕が上がった!? そんな中、『ふしぎな中国』に紹介されている新語・流行語・隠語は、中国社会の本質を掴む貴重な「生情報」であり、中国を知る必読書だ。 ※本記事は2022年10月に刊行された近藤大介『ふしぎな中国』から抜粋・編集したものです。
直播帯貨(ジーボーダイフオ)
日本経済新聞で連載している『私の履歴書』は、周知のように各界で成功した人々の半生を、1ヵ月にわたって自身で綴るシリーズだが、面白い月とつまらない月の差が激しい。一般に、大会社に入って順風満帆に出世し、社長、会長になった人物の回は、無味乾燥だ。 逆に、徒手空拳で人生を切り拓いてきた創業者などの半生には、共感を覚える。中でも過去5年で一番、痛快無比だったのは、ジャパネットたかた創業者の髙田明氏(2018年4月)だ。 長崎県平戸のしがない写真店から出発し、艱難辛苦の末、日本に「テレビショッピング」という新業界を確立していった。まさに「口八丁手八丁」でジャパニーズ・ドリームを体現したのだ。 実は海の向こうにも、「口八丁手八丁」でチャイニーズ・ドリームを掴んだ「中国の髙田明」がいる。と言ってもオジサンではなく、絶世の美女だ。雰囲気は若い頃の蓮舫参議院議員に似ている。細身で168㎝の長身、そしてよく通るメゾソプラノの美声が特徴だ。 薇婭(ウェイ・ヤー)(本名・黄薇)は、1985年9月に安徽省合肥市廬江県に生まれた。百度(バイドゥ)地図で確認すると、省都近郊とは思えない鄙びた寒村である。 いつ北京に出てきたのかは不明だが、北京動物園の衣料品卸売市場で、生涯の伴侶となる董海鋒氏と出会う。そして彼女が18歳の時、二人は互いになけなしの資金をはたいて、市場の向かいで、わずか6㎡の女性服店を始めた。 2005年、その頃中国のテレビ界で勃興していた歌謡オーディション番組に応募し、見事優勝。音楽事務所と契約した。2007年には別の音楽事務所と契約し、T.H.Pという3人組の音楽ユニットを結成。同時に高級雑誌のモデルとしても活動を始めた。 だが、ほどなく歌手やモデル業に見切りをつけ、原点に返る決意を固めた。陝西省の省都・西安に移り住み、女性服の店をオープン。店は繁昌して、地元に7店舗まで拡大した。 だがある時、これからはネット通販の時代になると思い立ち、実店舗7店をすべて清算。広東省の省都・広州に渡って、ネット通販専門の女性服ショップを立ち上げた。薇婭が服のデザインとモデルを担当し、董海鋒氏が工場や販売のマネジメントを行った。 中国最大のネット通販会社アリババは、『ふしぎな中国』「躺平(タンピン)」の項で述べたように、2009年から11月11日に、特売セールを始めた。当初は「お一人様の日」(光棍節(グアングンジエ))と呼んでいたが、2012年から「ダブルイレブン」(双十一(シュアンシーイー))と改名した。 初年度はわずか27品目5200万元(約10億4000万円)の売り上げに過ぎなかったが、2015年には約4万社が参加し、912億元(約1兆8240億円)を売り上げた。 薇婭も2015年に初めて、自らの商品を「ダブルイレブン」のサイト「天猫(ティエンマオ)」にアップ。一日で1000万元(約2億円)以上を売り上げ、大いに話題を呼んだ。 翌2016年5月、薇婭はアリババと正式に契約し、アリババが運営するネットサイト「淘宝(タオバオ)」の「網絡主播(ワンルオジューボー)」(ネット司会者)になった。日本で言えば、ジャパネットたかたの社員がテレビでやっている、「ハイ皆さん、今日のおすすめ商品はこれです!」という役回りだ。日本と異なる点は、テレビでなくインターネット放送だということだ。 こうしてアリババによって、薇婭のとてつもない才能が開花していった。彼女のもとには宣伝依頼が殺到し、「網絡主播」になってわずか4ヵ月で、彼女の勧める商品の売り上げが1億元(約20億円)を突破したのだ。彼女のギャラも知名度も、うなぎ上りだった。 同年7月、アリババは「網絡主播」トップ10人によるセールスイベントを実施した。1時間で商品を何個売れるかを競うもので、彼女は2万個以上を売り上げて、王者に輝いた。 私が薇婭の存在を知ったのも、この頃だった。中国人の友人が、「わが国に新種のスターが現れた」と言って、1分半くらいの動画を、微信で送ってくれたのだ。私はその圧倒的な存在感に度肝を抜かれ、アップされた動画を次々と観るようになった。 彼女は単独で画面に向かってアピールすることが多いのだが、一番の面白さは「掛け合い」にあった。 例えば、ある農村の特産品の白米を売るとする。彼女は、白米を生産している地元農協の販売員の青年を横に座らせて、「あんたがまず、カメラに向かって宣伝してみなさい」とけしかける。そして青年が、恥ずかしそうに訛った言葉で語り始めると、その様子を面白おかしくマネしてみせる。 次に、青年を問い詰めていく。「このお米は、柔らかいの? 固いの?」「はい、柔らかいです」「甘いの? 辛いの? 辛いわけないか(笑)」 最後は茶碗に盛ってもらったそのご飯を口にし、顔をアップで撮るカメラに向かって、目を潤ませてつぶやく。「ああ~幸せ!」 商品があって、それを薇婭が宣伝するというより、薇婭という強烈なタレントがいて、その周囲に商品が置かれているというイメージだ。かつ彼女は、その美貌の表情や所作を巧みに変えて、上流階級のマダムのように振る舞うこともあれば、場末の物売りを演じることもあった。そして前述のように、どこまでも突き抜けるようなメゾソプラノの美声である。 中国社会というのは、完全な弱肉強食の実力社会で、勝てば官軍である。彼女は中国のネット社会に、「直播帯貨(ジーボーダイフオ)」という新しい世界を確立した。「直播」は「生放送(ライブ)」、「帯」は「持つ」で、「貨」は「商品」。「ライブ販売」という言葉が、一番ピッタリくる邦訳だ。 そんな彼女の存在に目を付けたのは、アリババだけではなかった。習近平主席が号令をかけて進める重要政策「脱貧攻堅(トゥオピンゴンジエン)」(脱貧困)に四苦八苦している官僚たちもまた、着目したのだ。 「5000年の中国歴代王朝で誰も成し得なかった貧困ゼロを2020年までに実現し、(2021年7月の)共産党創建100周年を晴れがましく祝う」――習主席は14億中国国民に対して、そう公約していた。だが実際には、地方へ行けば貧困地区だらけで、困り果てた官僚たちは、地方の産品を薇婭にアピールしてもらおうと考えたのだ。 そこで2018年、三顧の礼で彼女を迎えて「公益直播(ゴンイージーボー)」(公益ライブ)を立ち上げた。効果は抜群で、累計で3000万個もの貧困地区の農産品を売った。 薇婭の番組のライブ中に、アリババ創業者の馬雲会長が飛び入りで現れ、彼女に深く感謝の意を伝えたこともあった。何と言っても薇婭は、アリババ最大のイベント「ダブルイレブン」のあり方をも変えたのだ。 「薇婭に続け」と、多くのインフルエンサーが現れた。ギャラが高額のインフルエンサーを雇えない会社は、社長自らが「網絡主播」となって、ライブ映像に登場するようになった。日系企業の現地代表らも、そこで自社製品を宣伝した。 数々の表彰を受けた薇婭は、2020年に新型コロナウイルスの影響で中国経済が麻痺すると、「復工復産(フーゴンフーチャン)」(仕事と生産の復活)にも助力。同年の「ダブルイレブン」では、一人で6億元(約120億円)も売り上げ、新記録を打ち立てた。まさに「爆売り女王」だった。 2021年に入ると、2月に中国版の『紅白歌合戦』である国民的番組『春晩(チュンワン)』に出演。9月には米『タイム』誌が、「世界で最も影響力のある100人」の一人に選出した。 だが同年8月、『ふしぎな中国』で述べているように習近平主席が新たな政策「共同富裕」をブチ上げた。それは富裕層の収入を調整するというものだった。この時から彼女の風向きが一転する。 同年12月20日、新華社通信が突然、短文の記事を報じた。 〈浙江省杭州市税務局によれば、「網絡主播」の黄薇(ネット名・薇婭)が、2019年から翌年にかけて個人収入を隠匿し、虚構業務を収入に転換させるなどの虚偽申告により、6億4300万元(約128億円)の脱税を行い、その他で6000万元(約12億円)の税金の申告漏れがあった。よって法律に照らして、黄薇に対する税務行政上の処理処罰を決定した。追徴課税、滞納金並びに罰金を合わせて、13億4100万元(約268億円)を課した〉 この日をもって、薇婭は忽然と世間から姿を消した。アップされていたネット動画も、ことごとく削除された。習近平政権のスローガンである「中国の夢(チャイニーズ・ドリーム)」を実現した中国人が、また一人、「夢」から覚めさせられたのである。
近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)