「飯塚事件」はまだ、終わってはいない…映画『正義の行方』が問う“人が人を裁くこと”の果てしない難しさ
映画の冒頭、ドローンによって真上から映し出される、その森の姿はまるで、あらゆるものを飲み込む生命体のようだったーー。 【写真】わずか2年で死刑執行された久間三千年は本当に「犯人」だったのか? 今から32年前の1992年2月21日、この森の中で、2人の少女が、変わり果てた姿で見つかった。これが、事件発生から30年以上、そして「犯人」とされた人物の死刑が執行されてから15年以上が経った今もなお、多くの謎が残る「飯塚事件」のおぞましい始まりだった。
冤罪の可能性を孕んだまま「死刑執行」
その前日の朝、福岡県飯塚市で、小学校1年生の女児2人(当時、ともに7歳)が登校途中に、そろって行方不明となり、翌日、自宅から直線距離にして約18キロ離れた、前述の森の中で、遺体で発見された。 福岡県警は、殺人・死体遺棄事件と断定し、430人体制の特別捜査本部を設置。その後、女児たちのランドセルや着衣の一部など遺留品が見つかった現場付近に、紺色のワゴン車が停まっていたとの目撃証言を得た。 特捜本部は、同様の車を所有していた久間三千年(くま・みちとし 当時54歳 敬称略)を容疑者とみて捜査を続け、事件から2年7ヵ月後の94年9月、久間を死体遺棄容疑で逮捕した(その後、殺人容疑で再逮捕)。 久間は取り調べ段階から一貫して犯行を否認していたが、同年10月、福岡地検は久間を死体遺棄罪で起訴、その後、殺人、略取誘拐の罪で追起訴した。 特捜本部が久間を「犯人」と断定したいくつかの証拠のうち、2本の太い柱は「DNA型鑑定」の結果と、前述の「目撃証言」だった。だが、当時は、警察庁が、DNA型鑑定を犯罪捜査に本格的に導入した直後で、「MCT118型」という検査方法で行われていた。 ちなみに、この飯塚事件の2年前、1990年に栃木県足利市で4歳の女児が殺害され、その翌年、事件とは無関係の菅家利和さんが逮捕、起訴された冤罪「足利事件」の捜査でも、同じMCT118型検査でDNA鑑定が行われていた。さらには警察庁科学警察研究所(科警研)で行われた2つの事件の鑑定の時期や技術、そして鑑定にあたった技官もほぼ同じだったという。 その後、菅谷さんは裁判で無期懲役の刑が確定していたが、2009年、再鑑定の結果、遺留物のDNA型が菅谷さんのものと一致しないことが判明。服役中だった菅家さんは即日、釈放され、その後の再審で無罪が確定したことはご承知の通りだ。 実は菅谷さんの無罪が確定する以前から、MCT118型検査によるDNA型鑑定の信用性を疑問視する法医学者は少なくなかった。このため、このDNA型鑑定を有罪の根拠とした2つの事件は、司法関係者の間で「東の足利、西の飯塚」と呼ばれ、冤罪の可能性が指摘されていた。 さらに飯塚事件の捜査段階でも、日本のDNA型鑑定の第一人者といわれる帝京大学の石山昱夫教授が、科警研と同じ試料で鑑定を行ったが、久間と同じDNA型は検出されなかったというのだ。 このため、久間の弁護団は、DNA型鑑定の結果は信用できないと無罪を主張。一審の福岡地裁も、県警が久間を「犯人」と断定した2本の柱のうち、DNA型鑑定の結果については、判決で「やや証明力が弱いといわざるを得ない」とした。 さらに、もう1本の柱である目撃証言などの状況証拠についても「そのどれを検討してみても、単独では被告人を犯人と断定することができない」としたのだ。 にもかかわらず、地裁は「諸情況を総合すれば、被告人が犯人であることについては、合理的な疑いを超えて認定することができる」として1999年、久間に死刑判決を言い渡したのである。 二審の福岡高裁も一審判決を支持。そして最高裁は2006年9月、久間の上告を棄却し、死刑判決が確定した。 それから僅か2年後の08年10月、久間の死刑が福岡拘置所で執行されたのだ。 死刑の執行は刑事訴訟法で、判決確定後、原則として「6ヵ月以内」に行うよう定められている。しかし実際には、判決確定後から執行までには長い時間がかかり、10年以上執行されないケースも少なくない。 NHKの取材によると、07年から16年までの10年間での平均期間は「およそ5年」、法務省によると、12年から21年までの10年間での平均は「約7年9ヵ月」。これらと比較しても、久間の死刑判決確定後から執行までの「2年」という期間がいかに短いものか分かるだろう。 実は、前述の「足利事件」で、東京高裁が菅谷さんのDNA型鑑定の再鑑定を決定したのは08年12月。久間の刑が執行される約2ヵ月前のことだった。だが、その年の1月にはすでに、日本テレビの清水潔記者(当時)がMCT118型検査の不完全性について報じ、その後も複数のメディアが、検査方法の問題点を指摘していた。 このため久間の弁護団は、法務省が、久間の有罪判決に重大な瑕疵があることを知りながら、それが再審請求によって明らかになることを恐れ、刑の執行を急いだのではないか--との強い疑念を抱いている。 久間の死刑執行から1年後の09年10月、弁護団は、久間を有罪としたDNA型鑑定の証拠力や目撃証言の信憑性などについて、裁判のやり直しを求める再審請求を行った。だが、福岡地裁、高裁、最高裁とも、この第一次再審請求を棄却した(21年4月)。 さらに弁護団は21年7月、独自調査で得られた目撃証言を新証拠として、福岡地裁に第2次再審請求を行った。今年2月に非公開の審理が終了し、この4月以降にも再審開始をめぐる決定が出る見込みだという。 事件はまだ、終わってはいないのだ。