「ヒトは昆虫のような生き方に…」老いるのは人間だけ? 東京大学教授が語る「老いるのは理由がある」
それまでに蓄えた知識・技術・経験や、集団をまとめる利他性が社会を安定させ、子どもを教育する重要な要素になっていたのではないかと小林教授は言う。目がしょぼしょぼしたり、体力がなくなるのも利己から利他への意識の変化に必要なのだ。 「老いたヒトが社会の役に立たないのなら、寿命が延びることはありませんでした。実際、チンパンジーはどんなに長生きしても、50歳を超えることはまずありません。チンパンジーの社会の中で老いたチンパンジーは必要とされなかったのでしょう」 ◆人材、知財を流出させる「日本の定年制」 ヒトがなぜ長生きになったかというと、年長者が社会貢献的であったから。世の中には“老害”という言葉があるが、 「それは一部の高齢者に対してのことですよね。若い人にもよくない人はいるのに、“老害”と高齢者をひとくくりにしてバッシングするのは非常に危険です。まして日本のような高齢化が進む国では高齢者を負担だと思ったら、未来はないと思います」 経験を積んでバランスよく調整できる高齢者(シニア)は、今の日本では大事な資源。シニアを生かす社会システムが必要だと言う。 「そのためには、まず定年制のような年齢での差別はやめたほうがいいと思います。定年が決まっていると、全部そこから逆算して若い人にもいろいろな年齢制限がついてしまいます。 たとえば65歳定年だと、60歳で転職できない。私たち研究職も60歳を過ぎると、学位取得まで指導できない可能性もあり、新しい大学院生をとらなくなる。研究者の中には定年のない海外へ移ってしまう人もいる。人材も知財も流出してしまう。何もいいことはありません」 健康でいる間は働いたほうがいいと、小林教授は言う。 「なぜ働きたくないのかというと仕事に生きがいがないから。そういう人のために転職がある。やりたい仕事なら楽しいし、好きだったら続けられる。定年制は転職の妨げにもなっています。1日も早くなくしたほうがいいと思います」 高齢化が進み、出生率の低下が問題となっている昨今、ヒトは昆虫のような生き方になる可能性があると小林教授は言う。 「ミツバチやアリは女王が子どもを産んで、働きバチや働きアリがそれを支える。集団として種を維持しようとしたとき、ミツバチやアリは分業しているんです。そういう選択をヒトもするようになるかもしれない」 子どもを産んだ人を社会が徹底的にサポートする社会。現実にそういうふうに進んでいる部分もある。 生き残るために、老いることを選んできたヒト。これからどのような道を選んでいくのだろう。 小林武彦 東京大学定量生命科学研究所教授。生命の連続性を支えるゲノムの再生(若返り)機構、ゲノムの再生メカニズムの不調が引き起こす細胞老化、ガン化の機構を研究。著書に『寿命はなぜ決まっているのか』(岩波ジュニア新書)、『DNAの98%は謎』(講談社ブルーバックス)、『生物はなぜ死ぬのか』『なぜヒトだけが老いるのか』(以上、講談社現代新書)など。 取材・文:中川いづみ
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