実物そっくりのぬいぐるみと添い寝。肌身はなさず抱っこし続け……元看護師が経験した、猫との辛すぎる死別
元看護師が描く大人気シリーズ第二弾『 ナースの卯月に視えるもの2 絆をつなぐ 』(秋谷りんこ/文春文庫)が絶賛発売中です。2巻では、主人公の看護師・卯月咲笑の大切な存在として、アンちゃんという猫が登場。二匹の猫と暮らす秋谷さんが、ご自身の猫にまつわる思い出を綴ります。 ◆ ◆ ◆ ある時期、正確には二〇二二年の三月から七月までの四か月間、私は「ぺっちゃんこⅮちゃん」と名付けた猫のぬいぐるみを肌身はなさず抱いていました。 肌身はなさず、とは本当に文字通りで、中綿の少ないぺたっとしたぬいぐるみを胸に張り付けるように抱いて一日を過ごし、撫でながら「かわいいね」と話しかけていました。お風呂に入るときだけ「ちょっと待っててね」と声をかけて洗濯機の上に置いて、入浴後にまた胸に抱いて、寝るときも布団に入れて添い寝をしていました。何かの拍子に見失うと「ぺっちゃんこⅮちゃんがいない!」とひどく気持ちがざわざわしました。あわてて捜し回って、見つけるとホッとしてまた胸に抱いていました。 今思い出すと、だいぶ心が弱っていたのでしょう。ぺっちゃんこⅮちゃんなしでは、とうてい過ごせなかったのです。 ぺっちゃんこⅮちゃんの「Ⅾちゃん」は、私が飼っていた猫の名前です。 Ⅾちゃんとは、私が看護師として働き始めた一年目に、近所の公園で出会いました。そのときは、片手に乗るようなちいさな子猫。周囲に母親らしき猫もきょうだい猫も見当たらなかったこと、毛づくろいをされている様子じゃなかったこと(背中に虫のタマゴがうみつけられていました)から育児放棄をされてひとりぼっちだろうと判断して、家に連れて帰りました。自分で拾った初めての猫です。甘えん坊でくいしんぼうで、とてもかわいい男の子でした。結婚後はもちろん新居に連れていき、長い時間を一緒に過ごした大切な家族です。 猫は、人間の四倍の早さで年をとると言われています。平均寿命は十五年。 Ⅾちゃんはお年寄りになり、十五歳のとき、腎臓の病気がみつかりました。人間でいうと七十代後半くらいだったので、点滴と内服はしましたが、入院はせず自宅でのんびり過ごしてもらうことに決めました。 獣医さんは「療養食だけを勧めるのが正解なのかもしれませんが、Ⅾちゃんはもうおじいちゃんです。年齢と今後何年食べられるかを考えると、好きなものを食べさせてあげてもいいんじゃないか、とも思います。それはもう、飼い主さんが決めてください」と言いました。なんでも相談でき、飼い主の気持ちを尊重してくれる良い獣医さんでした。 食欲のないⅮちゃんが少しでも食べられるものを探して、小皿に十種類くらい並べて置いておいて様子を見ます。お刺身、鶏肉を茹でて細かく刻んだもの、ちゅ~る、カリカリごはんをお湯でふやかしたもの、いろんなものを試しました。Ⅾちゃんはカツオのたたきがお気に入りで「まさか、たたきが好きとは! なかなか渋いね」と夫と顔を見合わせて笑うこともありました。 よだれで汚れる口まわりを拭く。目やにを拭く。おトイレに失敗してしまったらぬるいシャワーで洗い、しっかり乾かす。夜中でも早朝でも、物音がすればすぐに起きて様子を見る。便秘がちだったので、猫用のサプリメントをいろいろ試す。お腹を撫でてマッサージをする。冬はパネルヒーターを使い、夏はエアコンで調整し、お気に入りの寝床の環境を整える。ブラッシングをし、爪を切る。シャンプーシートで体を拭く。すぐ吐くので、毎日毛布を取り換えて洗濯をする。薬を飲ませる。点滴に連れていく。何をどのくらい食べたのか毎回計測し、記録する。 私の毎日はⅮちゃんを中心に回っていました。