重度の自閉症の子を育てる親御さんへ伝えたいこと...きょうだい児の目線から医師が語る体験談
知的発達症とは?
知的能力の発達が同年齢の人と比べてゆっくりで、生活に困りごとを抱えている状態のこと。個人差が大きく、知的発達症のみの場合、ASD、ADHDなどをあわせもつ場合も。各種検査の知能指数(IQ)や発達指数(DQ)、日常生活能力の評価、生育歴、行動観察などをもとに診断されます。以前はIQは70~75未満が目安でしたが厳密な境界線はなく、最重度から軽度までさまざま。検査の数値はその子の人格や能力全体を正確に評価するものではありません。 発達がゆっくりのお子さんも、個々に合わせて練習して学ぶことで成長する力をもっています!!
重度の自閉症の会話ができないお子さんを育てているママとパパへ
私は、最重度の知的障害合併の自閉症(※カナー型自閉症)と診断された姉のきょうだい児として育ち、苦労する母の姿を見てきました。この本を読んでくださっている知的障害合併の自閉症の子を育てるママやパパは、お子さんとのコミュニケーションがとても難しく、毎日の子育てで大変な苦労をされていると思います。私は、そんなママやパパといっしょに解決策を考えたくて発達専門の小児科医になり、現在のママ友ドクターの活動をはじめました。 ここでお話しすることは私の個人的な経験談と考えであり、必ずしも医学的に立証されていることではありません。そのことを踏まえて、参考のひとつとして読み進めていただければうれしいです。 幼少期の私にとって姉は憧れの存在で「理解しているのにうまく話せないだけ」と感じていました。しかし、私も成長するにつれ、周囲の大人たちが言うように姉は物事の理解がほとんどできていないのだと思うようになり、そのまま医師になりました。 ところが約8年前、長男と同じ発達支援に通っていた、重い自閉症を抱えているSくん(当時6歳)と出会ったことがきっかけで、考え方が変わりました。 Sくんは、くるくる回ったり、ぴょんぴょん跳ねたりしていて、私は「小さい頃の姉にそっくりだ!」と思いました。 Sくんのお母さんは、私に東田直樹さんの著書『自閉症の僕が跳びはねる理由』(KADOKAWA)、イド・ケダーさんの『自閉症のぼくが「ありがとう」を言えるまで』(飛鳥新社)をすすめてくれました。 この本を読み、さらにNHKで東田さんのドキュメンタリー番組を観てものすごい衝撃を受けました。画面越しに見える東田さんの日々の様子は、かつての姉にそっくりでした。けれど、東田さんは文字盤やタイピングを駆使して自分の意見をたくさん述べていたのです。医学の常識では説明できない自閉症の姿でした。 東田直樹さんは、著書の中で「年齢相応の態度で接して欲しいのです」と述べています。約30年前の幼少期、姉があのとき周囲にそう伝えたくても伝えられず苦しんでいたのかもしれないと思うと、私の心は張り裂けそうになりました。 Sくんは、小学生になって筆談、文字盤、タイピングを練習し、意思疎通ができるようになりました。小学校ではお母さんがスクールシャドーとしてサポートしながら特別支援学校ではなく近くの小学校の支援級で学び、小学6年生になる頃には授業中はタブレットを使ってタイピングで発言し、冗談を言ったりして先生を笑わせていたそう! 現在、Sくんは中学生で、高校進学に向け定期テストをキーボードで受けたり、どのような進路に進むべきか、障害を抱える大学生のアドバイスを受けながら考えているそうです。私は彼が学び、文章で表現を続けて東田直樹さんのように世界を変える人になってくれるのでは、と期待しています。 スマホやタブレットを1人1台持つ時代になってSNSでの発信が広がり、医学的には重度の知的障害をもち、幼児レベルの知能とされるASDの方たちが、自分の気持ちや考えをタイピング、文字盤などのツール使って表現し、コミュニケーションをとって年齢相応の学習に取り組んでいる様子の動画が公開されています。アメリカでは高等教育を受けて卒業した方も多く紹介されています。 会話がうまくできず(現状では知的障害と決めつけられてしまう)、重い自閉症を抱える子は一定数います。自分の気持ちが伝わらないことに苦しまず、家族や先生や友だちに意思表示をし、必要な知識をきちんと教えてもらえるように、非言語コミュニケーションの理解と練習を進めたり、口頭による言葉のやりとりにこだわらず、先を見据えて文字のやりとりを教えていくなど、これからできることはあります。 私の姉の幼少期と違い、今はインターネットで情報を得やすくなりました。「話す」以外にも絵カード、文字盤、タイピング、手話などさまざまな角度からそのときのお子さんに合うコミュニケーション方法を探し、書籍や講習会(オンラインで海外の講習も受けられます!)で親が自ら学んで実践できる時代です。 とはいえ、正直Sくんのように文字で自分の気持ちを表現できるようになるまでには何年もかかり、家族や支援者の根気強い工夫と苦労があるのですが…。 私は、現在の診断基準では重い知的障害をもつと診断される自閉症の子どもたちを、"Precious(貴重)な存在"だと捉え、これからの時代は彼らのもつポテンシャルと可能性をあきらめず、応援していきたいと思っています。
西村佑美 (発達専門小児科医/一般社団法人 日本小児発達子育て支援協会 代表理事)