客引きにつれられ「アベもここで布を買った。お前も買え」 「人生観が変わる」という言葉の無責任さ アジア回遊編~インド・ネパール
【実録・人間劇場】アジア回遊編~インド・ネパール(16) 「人生観が変わるからインドに行くといい」 誰がいつ言い出したのかは分からないが、私が初めてインドに行ったときも、やはりどこかで聞いたこの言葉を胸に日本を出たものだ。今から7年前のこと。大学3年生のときである。 インドの恐ろしさというものに対して高をくくっていた私は、ひっきりなしに声をかけてくる客引きのインド人にとにかく付いていった。大通りで「おい日本人、いい土産物屋があるから行かないか?」と声をかけられ、人気の少ない路地裏まで連れて行かれると、そこにあったのはストールやスカーフをそろえた布地屋だった。 1階にはいい商品がないので、特別に2階に上がらせてくれるという。2階へ上がるにはハシゴを登っていかないといけない。その店はだいぶ奥まった場所にあり、何かあったときに助けを呼んでも誰にも聞こえないだろう。しかし、「まあ、大丈夫だろう」と軽い気持ちで私はハシゴを登ったのだった。 2階にいたのは大量の布に囲まれたすこぶる目つきの悪い2人のインド人男性だった。なぜこんなに人気の少ない場所で土産物屋をやっているのか。日本の繁華街における常識からすれば、そこに迷い込んだ無知な観光客から金を搾り取るためである。それしかない。目の前にいるインド人2人の様子をうかがいながら買う気もない布の質感を確かめていると、手前の男が私にこう言った。 「アベシンゾウを知っているか? アベもこの店で布を買ったんだ。だから、お前も買った方がいい」 笑みひとつない顔でそんなことを突然言うものだから、私は吹き出してしまった。 「日本の総理大臣の安倍? 彼がこんなところに来るわけがないだろう」 私がそう答えてもインド人は「本当だ」と真顔で返してくる。あきれた顔をしながらハシゴを下ると、店員も客引きのインド人も誰も私を追ってはこなかった。拍子抜けである。だから、高をくくってしまうのだ。 だが、インドでは日本人旅行者が行方不明になる事件が昔から多発している。2006年には大学生の男性(当時21歳)が北部アグラで行方不明になった。捜索活動の支援者が更新しているホームページによれば、20年近くたった今でも男性は見つかっていないという。14年には北部バラナシで日本人男性(同23歳)の遺体が見つかっている。そんな事件がほかにもいくつかあるので、バラナシのとある日本人宿では門限を設けているくらいなのだ。そんな事件を後から知るたびに、当時の自分の浅はかな行動を思い出してはゾッとする。