内野聖陽が味わった「役者人生で未体験の最大級の恐怖」とは?
井上ひさしが松尾芭蕉の人生を描いた『芭蕉通夜舟』は、一人語りを中心に歌仙の三十六句になぞらえて全三十六景で構成された井上評伝劇の傑作である。初演の小沢昭一、再演の十世坂東三津五郎に続き、この難役に内野聖陽が挑む。どんな課題に直面しているのか、その心情に迫る。 内野聖陽さんの写真をもっと見る
役者人生で未体験の最大級の恐怖
――これまで出会った数々の役の一つ一つを深く追究し、自らが掴み取ったものを巧みに表現してきた内野聖陽。そんな彼が演じることへの“恐怖”の度合いとして“最高級”だと語るのは、井上ひさしが描いた俳諧師の松尾芭蕉役だ。彼ほどのキャリアを持つ俳優が抱いた恐怖とは何か。その恐怖がどうすれば解消されるのかを尋ねた。 内野聖陽(以下内野) 恐怖は、これまでの経験を思い返しても、すべての作品にあります。僕らには台本というものがありますが、まずは、それがどんな風に立体化されるのかが自分の中でまったく見えていないということですかね。さらに、一人芝居に限って言えば、当然ですが逃げ場がない(笑)。台詞が詰まろうが間を外そうが、すべて自分のせい、すべてが自分に返ってきます。そして、舞台上にいるのが僕だけだから、お客様はそんな僕を見るしかない(笑)。その恐怖をどうやって克服していくのか。それは、稽古しかありません。克服できるかどうかは、試行錯誤を重ね、どれだけ充実した密度の濃い稽古ができるかに、尽きます。 『芭蕉通夜舟』には、これまでにない“最高級”のレベルの“恐怖”を感じています。初演の小沢昭一さんも再演の坂東三津五郎さんも公演は観ていませんが、特に小沢昭一さんは“昭和の怪優”と呼ばれた方で、そもそも『芭蕉通夜舟』は井上(ひさし)先生が小沢さんに当て書きされた作品です。僕自身、小沢さんとの面識はないのですが、小沢さんのラジオは聴いたことがあって、なんと魅力的な話し方をされるのだろうと思っていました。そういう話芸の達人のために書かれた作品なので、ものすごくプレッシャーは感じています。最初の頃はそんな、いろんなことを自分の緊張感を高める材料にしてきましたが、今は、もう開き直って自分のやり方でこの山を登頂してやろうという思いでいますね。自分の中では確実に難易度の低い山ではないけど、この本にいろんな角度から揺さぶりをかけられれば、僕自身もまだ知らない世界へ導いてくれるような気がしています。内野聖陽版の芭蕉一代記をお客様と一緒に楽しめるよう励みたいと思っています。 ――それでは、稽古を前にどんな準備をしているのだろうか。松尾芭蕉という人物をどのように捉えているのかについても聞いてみた。 内野 改めて松尾芭蕉はすごい芸術家だなと感じています。彼を演じることに身の引き締まる思いですね。この戯曲を最初に読んだ時は、“芸術論”という印象が強かったんです。芭蕉さんは新しい俳諧の世界を創り上げようと苦闘していましたが、人生の様々な局面で世俗という力に引っ張られ、自分が目指す俳諧芸術と庶民が求めているものの溝がなかなか埋まらないことに苦しんでいたのではないかと思いました。芸術性と大衆性の溝は、ものを表現する人なら誰でも直面する問題だと思いますが、芭蕉さんの芸術家としての苦しみに、自分も表現者の端くれとして、感じるところはありました。井上さんは、その苦闘した芭蕉さんをやさしく包み込むような愛情で描いているような気がします。 舞台では戯曲にある通り、芭蕉の人生を三十六景の中に込めなくてはならないのですが、文字面だけを追っていても理解が深まらないところもありますし、実際に芭蕉が見た風景を通して彼が感じたことを僕自身も体感したくて、“プチおくのほそ道”を旅しました。車でね。芭蕉さんが聞いたら怒られてしまうかもですが(笑)。白河の関から始まって福島を通り抜けて、松島、平泉の方まで行って「夏草や兵どもが夢の跡」の句を詠んだ丘に登ったり、「岩に染み入る蝉の声」を詠んだ立石寺へ登ったり……。陸奥と出羽の方へ足を伸ばし、芭蕉さんが300年以上も前に呼吸した空気を感じて、なんだか自分の血の中に芭蕉さんが入ってくるような感じがしました。おかげで少しイメージも立体的になってきた感じはしていますが、芭蕉さんの魂に近づくためにやるべきことはまだまだたくさんあります。 ▶後編「松尾芭蕉が孤独を選んだ謎を探る」へ続く 内野聖陽(UCHINO SEIYO) 神奈川県出身。1993年俳優デビュー。96年のNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』で注目を集め、以後、舞台、映画、ドラマなど多数の作品に出演。2007年にはNHK大河ドラマ『風林火山』で主演を務めた。19年の『きのう何食べた?』での演技が話題となる。映画『八犬伝』が10月25日に、主演作の映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』が11月に公開予定。 『芭蕉通夜舟』 作:井上ひさし 演出:鵜山仁 出演:内野聖陽 小石川桃子 松浦慎太郎 村上佳 櫻井優凜 (東京公演) 会場:紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 上演日程:2024年10月14日~10月26日 問合せ:こまつ座 TEL. 03-3862-5941 公式サイトはこちら (群馬公演) 会場:高崎芸術劇場 スタジオシアター 上演日程:10月29日 問合せ:公益財団法人 高崎財団 TEL. 027-321-7300 (宮城公演) 会場:名取市文化会館 大ホール 上演日程:11月2日 問合せ:ニイタカプラス TEL. 022-380-8251 (岩手公演) 会場:盛岡劇場 メインホール 上演日程:11月12日 問合せ:盛岡劇場 TEL. 019-622-2258 (兵庫公演) 会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール 上演日程:11月16日 問合せ:芸術文化センターチケットオフィス TEL. 0798-68-0255 (丹波篠山公演) 会場:田園交響ホール 上演日程:11月17日 問合せ:丹波篠山市立 田園交響ホール TEL. 079-552-3600 (名古屋公演) 会場:ウインクあいち 大ホール 上演日程:11月23日・24日 問合せ:メ~テレ事業 TEL. 052-331-9966 (大阪公演) 会場:枚方市総合文化芸術文化センター 関西医大 小ホール 上演日程:11月30日 問合せ:枚方市総合文化芸術文化センター TEL. 072-845-4910 BY SHION YAMASHITA