昭和の名戦車「74式戦車」ついに完全引退! 2024年3月をもって本州から戦車部隊が消滅【自衛隊新戦力図鑑】
最後に残された3つの戦車部隊
陸上自衛隊は冷戦期に1000両を超える戦車を保有していたが、その後は削減に転じ、現在は定数300両という目標が示されている。また今後、戦車は北海道と九州に集中配備する計画であり、本州の師団・旅団に属していた戦車大隊・中隊がつぎつぎと廃止されている。 これら本州の戦車大隊・中隊に配備されていたのは、そのほとんどが74式戦車であり、部隊の廃止にともない近年は年間30~40両のペースで退役が進んでいた。そして、最後に残された本州配備の3つの74式戦車部隊――第9戦車大隊(岩手駐屯地)、第10戦車大隊(今津駐屯地)、第13戦車中隊(日本原駐屯地)が、この3月をもって廃止されたことで、74式戦車は完全に引退した。
自衛隊最大の火砲、203mm自走榴弾砲も引退
この3月で引退する装備は、もうひとつある。陸上自衛隊の最大火砲である「203mm自走榴弾砲」だ。もともとアメリカで開発されたもので、日本では1983年からライセンス生産によって調達され、一部の方面隊直轄野戦特科部隊へと配備が進められた。1発90kg近い巨大な砲弾を撃ち出すため、毎年行なわれる総合火力演習では、遠目に見ても155mm砲弾との威力の違いがわかるほどだった。 砲が巨大すぎるため、履帯式の車体に砲がむき出しで搭載されており、移動時は操作を担当する隊員たちもオープンカー状態で乗車する(ドライバーだけは車内に乗っている)。砲弾を格納するスペースが無いため、主に87式砲側弾薬車が追従して供給する。弾薬車にはクレーンやガイドレールが備わっており、重い砲弾を動かす手間を最低限に抑えている。 アメリカ軍ではすでに運用が終了しており、陸上自衛隊でも北部方面隊の第104特科大隊を残すのみとなっていたが、本年3月で部隊が廃止され、203mm自走榴弾砲もすべて退役となった。冷戦期に、圧倒的な戦車・火砲を誇るソ連軍と戦うために存在した2つの装備の引退は、時代の変化を象徴する出来事とも言えるのではないだろうか。
MotorFan編集部