【緊迫のフォトルポ】アジア最大の合同軍事演習「コブラゴールド」に密着「怒号飛び交う」現場写真
「早く国に帰してくれ!」 避難場所となった格納庫には、脱出を試みる人々の怒号が飛び交っていた。 【密着!】緊張感漂う…アジア最大の合同軍事演習「緊迫の現地フォト」 政情不安によるテロ及びクーデターの危機が迫り、民間人にも命の危険が及ぶことから、各国、同胞を救出すべく部隊を派遣していた。 「機内へとご案内いたします」 迷彩服の肩に日の丸を付けた自衛隊員が、格納庫に集まった約30名の日本人に告げ、歩き出した。邦人の列には小さい子供を連れた家族、車椅子や杖を突く身体の不自由な方の姿もあった。列の前後左右を守るように、武装した自衛隊員と、米軍やタイ軍兵士たちが同行し、辺りを警戒する。目指す先で待っているのは、米空軍の輸送機C-130だ。 突然、格納庫内に残る自衛官たちの動きが慌ただしくなった。不審な男がフェンスを越え、空港内に立ち入ろうとしていたのだ。小銃を携行した自衛隊員が駆け付け、男を取り囲む。「飛行機に乗せてくれ! 安全な場所へ連れて行ってくれ!」と叫ぶ現地人だった。取り乱してはいたが、聴取に応じ、IDも所持していたので、自衛隊員が「正規の手続きを経て下さい」と諭す。空港は終始混乱の中にあった。 これは、今年2月27日から3月8日にかけて、タイ各地で行われた多国間軍事演習「コブラゴールド」の一コマだ。同演習は、主催国であるタイとアメリカの他、韓国、日本など、計33ヵ国・9500人以上が参加するアジア最大級の軍事演習である。 第1回が行われたのは、’82年のこと。最初はタイとアメリカによる2ヵ国間軍事演習だった。20年にわたるベトナム戦争に介入した米軍は、東南アジア特有の気候と地形、現地人との言葉の壁に悩まされた。そこで、独特の環境を学ぶため、タイ軍と協力する道を選んだ。 当時は東西冷戦真っ只中、米軍が撤退することで、東南アジアが共産圏に染まるのを阻止したいとの政治的な思惑もあった。東南アジアの中核であり、ASEAN諸国のリーダー的存在であるタイを押さえておく意味も大きかったのだ。 その後しばらく2ヵ国間軍事演習という形を取ってきたが、徐々にASEANの安全保障体制を構築すべく、周辺国も招待するようになった。そして東南アジア、ひいてはインド太平洋地域の安定にも繋がるとして、多国間軍事演習へと進化。日本も’05年から参加している。 タイは昔から全方位外交を取る国だ。来るものは拒まずの姿勢を取る。’13年には、国境を接するミャンマーのオブザーバー参加も受け入れた。そして目下、インド太平洋地域の秩序を乱す存在となっている中国をも受け入れ、’14年より中国人民解放軍も限定参加している。 演習期間中、さまざまな課目が行われた。その中の一つが、3月3日に行われた冒頭のNEO(非戦闘員避難作戦)で、日本が主導的立場をとった。海外で紛争や災害などに巻き込まれた自国民を本国まで安全に連れ帰る作戦であり、テロや地域紛争が多発するようになった現在、各国とも重要な任務と位置付けている演習だ。 日本では「邦人輸送」と呼ばれており、自衛隊法84条にも規定されている。この任務を専門に行うのが、避難者の誘導を行う陸上自衛隊の中央即応連隊と、移動手段となる輸送機を運用する航空自衛隊・航空支援集団だ。今回の演習にも、両部隊が参加した。 朝鮮半島有事や中台有事が起きれば最初の課題となるのが、韓国や台湾にいる在外邦人をいかに迅速に日本へと連れて帰るかだ。戦火の中、数万人規模を輸送するのは簡単なことではない。他国との協力体制は必要不可欠だ。 日本国内でもこうした訓練は毎年のように実施しているが、「コブラゴールド」ではより実践的に実施できるので、年間数多く行われる多国間軍事演習の中でも重要な課目と位置付けられている。 今回は日米タイの約250人の自衛隊員・兵士らのほか、外務省も参加した。命からがら逃げだしてきた人たちが、みなパスポートを携行しているとは考えづらい。そこで外務省も、身元確認の方法から臨時パスポートの発行などを演練しておく必要がある。また、避難者役もタイ在住の日本人ボランティアである本物の民間人が演じる徹底ぶりだった。 11日間のハイライトとなったのが、3月8日に行われた実弾射撃訓練CALFEXだ。こちらは主として米タイ2国で行われるが、今年は韓国海兵隊が参加した。実は日本に次いで、韓国もかなりの熱量をもって「コブラゴールド」に参加している。米タイとしても、いずれ実弾射撃訓練を多国間で実施していきたい考えがあるようだ。 ◆大国・中国の「思惑」 ここ数回は、エキシビションとして、演習参加国の空挺部隊や特殊部隊による多国間パラシュート降下訓練が盛り込まれるようになった。今年は陸自からも2名が参加。その他、シンガポールやマレーシアなども参加している。中国もその中に入れて欲しいと打診したとの噂もある。「コブラゴールド」の正規参加国入りを目指しているのだから当然だろう。 こうして「コブラゴールド」は、各国さまざまな思惑もある中、無事終了した。多国間軍事演習は、オリンピックのごとく参加することに意味がある。そのためには、オブザーバーではなく、部隊を派遣しなければならない。レギュラーメンバーとなることが出来れば、その地域の安全保障への発言力も増すためだ。 早くも来年も同様に「コブラゴールド」が開催されることが決まった。日本も実弾射撃訓練へと参加するのか、韓国はさらに参加課目を増やすのか、そして中国が正規参加するのか。 東アジアを取り巻く安全保障環境が激変する中で、演習の持つ意味は重要さを増していく。 『FRIDAY』2024年4月19日号より 撮影・文:菊池雅之
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