〈得をするのは誰か?〉日鉄のUSスチール買収提案中止命令、日米双方とも冷静にならないといけない理由
年明け早々に、退任直前のバイデン大統領が日本製鉄によるUSスチール買収提案に関して中止への命令を出した。この件については、どちらかと言えばトランプ新政権に判断させるように先送りするだろうという観測が多かった。けれども、バイデン氏とすれば既に1年10カ月後に迫った中間選挙を考えると、民主党として「自国の基幹産業を守る」姿勢を見せたかったのであろう。 さらに言えば、そもそもこの買収提案に噛みついていたのはトランプ氏であるから、バイデン氏は自分が中止命令を出すことで、政治的なポイントをトランプ氏に渡さないようにしたのかもしれない。 展開は急であり、この決定の直後に日鉄とUSスチールはバイデン大統領のホワイトハウスに対して告訴した。その一方で、6日にはブリンケン国務長官が来日して日米外相会談が行われている。 その際に岩屋毅外相はこのUSスチールの件で「極めて残念」と述べ、さらに「日米間の投資に強い懸念の声」を伝達したという。このままでは、石破茂政権はトランプ政権とも、野党の民主党とも関係を悪化させる危険もある。 バイデン氏を提訴したのは、日鉄とUSスチールにとっては通常のビジネスの判断に過ぎない。日本企業が米国の大統領を告訴するというと、深刻な問題のような印象を与えるが、行政判断に対して異議を唱え、法廷で争うというのは自然な行動だ。経営陣は株主の利益を最大化する義務があり、その手段として当然である。 その一方で、この問題がアメリカの与野党の争いの中でエスカレートしたり、日米関係を揺るがしたりするのは、全く不必要なことだ。政治問題にして得をするのは、欧州や中国などのライバルであって、日米にとっては何の得にもならない。政治問題化しないためには、日米の世論が冷静になる必要がある。
日米両国とも熱くなってはいけない
まず、アメリカにとってはUSスチールの高炉が競争力を維持するには、日鉄の製造技術が不可欠である。仮に今回の買収が失敗に終わった場合には、USスチールの経営が行き詰まったり、高炉が廃止になったりする可能性がある。経済合理性から考えれば、アメリカ経済にとって両社が組むことにはメリットがあり、買収が失敗に終わるのはデメリットでしかない。 一方で、日本の場合だが、日鉄は既に製造も販売も国内比率が50%を切ろうとしており、もはや日本企業というよりも多国籍企業である。そして、今回の買収提案は、その海外比率を高めるだけである。 もちろん、日本発祥で日本名を持つ企業が世界経済の中で活躍するのは誇らしい。けれども、多国籍企業が海外で収益を上げたとして、その好決算が円安のために膨張した数字となって日本本社の連結決算に加算されたとしても、これは日本の国内総生産(GDP)には寄与しない。 円安に苦しみ、貧困の拡大や地方の衰退に苦しむ日本の国内経済とは、直接関係はないのだ。かつて、日本の製造業は日本で作って、文句を言われても頑張ってそれを海外で売って稼いでいた。そのカネは日本国内に還流して、日本の社会を先進国、いや経済大国に押し上げた。けれども、当初は円高を理由に進められた空洞化が進みすぎた現在、今は日本の一人当たりGDPが韓国に抜かれ、3万ドルという先進国水準からこぼれ落ちそうになっている。 その背景には、競争力の低下、生産性の低下があり、そして人口減少がある。その中で多くの企業がより海外を目指すのは、各論としては合理的であり非難はできない。けれども、もはや日本経済には寄与しない海外での企業買収に関して、日本の世論や政治は外交孤立を覚悟してまでエキサイトする必要はない。さらに言えば、政治や外交問題にすればするほど、法廷闘争では不利になる危険もある。 つまり、アメリカにしても日本にしても、純粋な国益を考えたら世論としては今回の買収提案の問題に対して「熱くなる」必要はないということだ。