亡き父への思い、19年経て絵本に 静岡の語学学校理事長刺殺事件 遺族の石原さん
19年前、静岡市葵区の日本語学校「静岡日本語教育センター」の理事長だった父石原康彦さん=当時(59)=を殺人事件で失った長女の石原えつこさん(49)=東京都=が、事件や父への思いをつづった絵本「じいちゃんはどうしてしんじゃったの?」を自費出版した。えつこさんは「自分が語ることで、事件の実像や日中友好を目指した父の姿を正しく伝えたい」と思いを強くしている。 絵本は、母になったえつこさんの目線で、祖父の康彦さんを知らない息子(8)に平易な言葉で語りかける。海外から日本語を学びに来る若者のために学校を創設した康彦さんは、言葉を「異文化をつなぐ橋」と捉え、その学習環境を精力的に整えた。だがその命を奪ったのは、同校卒業生で講師だった中国国籍の男だった。 康彦さんとの間にトラブルはなく、「日本政府の手先から自分を守るため」などと妄想を募らせての凶行。しかし、男は裁判で心神喪失と認められ、無罪になった。えつこさんらは民事裁判で争うことを考えたが、母清美さん(77)が脳出血で倒れ、葛藤の末に断念。「みんなが(前を向いて)生きていくこと」を優先すると決意した。絵本を通じ、息子に「じいちゃんがどう死んだかでなく、どう生きたかを知ってほしい」と訴える。 えつこさんは事件後、シンガポールで日本語教育に携わりながらも、加害者への憎しみと留学生を「日本の希望」と慈しんだ父の思いの間で引き裂かれ、「事件について沈黙することしかできなかった」。 2018年に帰国し、22年、大阪府の池田小児童殺傷事件で娘を失った本郷由美子さんに出会う。心の傷から自分を取り戻す「グリーフケア」の活動に参加し、経験を紙芝居にすると、「突然言葉があふれた」。同時期に康彦さんの学校の運営にも関わり始め、事件をうわさや伝聞でしか知らない関係者が増えたと痛感した。 昨年6月、事件当時を知る校長に勧められ、命日に合わせて身内や学校関係者の前で紙芝居を読んだ。「自分こそがきちんと伝えなくては」との思いが強まり、絵本として出版した。 えつこさんは今も、来日したばかりの留学生たちに自転車の乗り方を教え、事故に遭えば夜中でも家を飛び出していく父の姿を覚えている。「表現することを通じ、ずっととらわれてきた憎しみから解放された。これからは父の志を希望という文脈の中で語りたい」 <メモ>事件は2005年6月25日、静岡市葵区の日本語学校「静岡日本語教育センター」で、当時講師だった中国国籍の男が、理事長の石原康彦さんを牛刀で刺し、失血死させた。男は逮捕、起訴されたが、事件当時心神喪失状態にあったとして無罪になり、母国に送還された。 ■収益は留学生支援に 絵本は縦横20センチ、52ページの私家版。康彦さんの葬儀に寄せられた厚志を元に創設された「大きな橋奨学金」の運営団体「大きな橋奨学会」のサイト<http://okinahashi.base.shop/>から1冊2000円で購入できる。収益は同会奨学金として留学生支援に充てられる。詳細や問い合わせは、フェイスブックで同会を検索するか、メールで<ishiharayasuhikomemorial@gmail.com>まで。
静岡新聞社