韓国の“国民的スター”ソン・ガンホ 世界も認めた「顔だけでシーンが成立する俳優」の軌跡<サムシクおじさん>
激動の1960年代韓国を舞台に描く骨太ヒューマンドラマ「サムシクおじさん」(ディズニープラスで独占配信中)でドラマデビューを果たし、大きな注目を集める韓国俳優ソン・ガンホ。主演映画「パラサイト 半地下の家族」(2019年)が「第92回アカデミー賞」4部門を受賞し、自身も「ベイビー・ブローカー」(2022年)で「第75回カンヌ国際映画祭」男優賞を獲得するなど、世界で高い評価を受ける名優の一人だ。初のドラマ出演で注目を浴びる今、あらためて彼の歩みを振り返ってみたい。 【写真】人の心を溶かす笑顔…!仲良くハートポーズのソン・ガンホ&ピョン・ヨハン ■映画デビューから5年でスター街道を駆け上がる ガンホは1967年1月生まれの57歳。1990年頃から舞台俳優として活動し、1996年に映画初出演。映画俳優のキャリアをスタートさせた。 映画俳優としての飛躍の時はすぐに訪れた。まだまだ無名だった1997年にハン・ソッキュ主演のノワール・アクション「ナンバー・スリー No.3」(1997年)に出演し、いきなり“韓国のアカデミー賞”「第18回青龍映画賞」で男優助演賞を獲得。シュールな演技で目を引くブラックコメディー「クワイエット・ファミリー」(1998年)や、ハン・ソッキュの相棒を演じた「シュリ」(1999年)など、大ヒット作で次々と結果を出し、すぐに人気俳優の地位に駆け上がった。 そして「クワイエット・ファミリー」のキム・ジウン監督による「反則王」(2000年)で初主演。反則専門のお笑いレスラーとして開眼する銀行員をエネルギッシュに演じ、コミカルな“顔芸”も注目を集めた。同年に出演したパク・チャヌク監督の「JSA」(2000年)では、笑顔の裏に緊張感を隠した朝鮮人民軍兵士役。「JSA」で“韓国のゴールデングローブ賞”「第37回百想芸術大賞」人気賞を獲得した他、2作共に数々の賞レースで名前が挙がる活躍ぶりで、韓国映画界に存在感を示した。 ■シリアスな作品で放った強烈な存在感 2000年代に入ると、さらに目覚ましい活躍ぶりを見せていく。 「JSA」でブレイクしたパク・チャヌク監督の「復讐者に憐れみを」(2001年)、そしてのちにパラサイト―」で世界を驚かせるポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」(2003年)と、重犯罪をテーマにしたシリアスな作品に立て続けに出演。実在の未解決殺人事件を映画化した「殺人の追憶」では、ポン・ジュノ監督の「この映画を見るかもしれない真犯人を睨みつけたかった」という思いを託されたガンホ演じる田舎刑事トゥマンがカメラを通して観客を真っすぐ睨みつけるラストシーンが大きな話題に。ガンホは「第40回大鐘賞」男優主演賞・人気賞を獲得するなど高い評価を受けた。 「殺人の追憶」のラストカットの例を挙げるまでもなく、ソン・ガンホという俳優は表情で多くを語る。家族を失ったヒロインの悲劇を描いた映画「シークレット・サンシャイン(密陽)」(2007年)では、終始どんよりしたストーリーの中でただ一人、人のいい笑顔を浮かべて癒やしの存在に。この作品でアメリカの「第19回パームスプリングス国際映画祭」主演男優賞を獲得するなど、ガンホが言語も文化も飛び越え、表情の機微でグローバルの観客の心を打つ稀有な俳優であることも広く知られていった。 ■国内の賞レースをにぎわせるスター俳優に キャリア10年を数えるようになると、作品が公開されるたびに注目を集め、韓国国内の賞レースをにぎわせるスターとなっていった。 故・盧武鉉元大統領の弁護士時代がモチーフとなった映画「弁護人」(2013年)では、国民主権を力強く訴える熱量あふれる法廷シーンが人々の心を打ち、「第35回青龍映画賞」主演男優賞を獲得。一方で、多数の死者を出した「光州事件」を題材にした映画「タクシー運転手 約束は海を越えて」(2017年)では、シリアスな事件を背景にしながらも、どこか憎めないタクシー運転手マンソプをユーモラスに好演。こちらも「第38回青龍映画賞」主演男優賞を受賞した。 特に「タクシー運転手―」は韓国で1200万人を動員し、この年のNo.1ヒット作に。とぼけた表情でうそをついてピンチを切り抜けたり、暴動に怯えて腰を抜かしたり…マンソプは、ガンホ自身もメイキング動画で「喜怒哀楽をたっぷり表現しました」と語ったほど表情豊かで、いい感じに肩の力が抜けたキャラクター。そんなユーモアあふれる人物造形も、ガンホが映画ファンに愛される所以だろう。 ■アカデミー賞、カンヌ…国際スター俳優へ こうしてキャリアを積み上げてきたガンホは2019年以降、一気に世界的俳優へと躍進した。 大ヒット作「パラサイト―」では、貧乏暮らしも意に介さない気ままな父・ギテク役。まんまと運転手として“寄生”先の一家に入り込み、うその経歴をペラペラ語りながらハンドルを握る姿には、妙なおかしみと説得力がある。同映画は「第92回米アカデミー賞」で非英語作品初の作品賞など4部門を獲得した他、ガンホ自身も「第26回全米映画俳優組合賞」キャスト賞や「第45ロサンゼルス映画批評家協会賞」助演男優賞を獲得。海外での人気ぶりも強く印象づけた。 是枝裕和監督の「ベイビー・ブローカー」(2022年)では、赤ちゃんを連れ去って違法な養子縁組をあっせんするブローカー・サンヒョン役。やっていることは人でなしだが、赤ちゃんをあやす表情や子どもとの無邪気なやりとりなどガンホの肩の力が抜けた愛すべきキャラクター造形が魅力的で、作品の救いにもなっている。この作品で彼は「第75回カンヌ国際映画祭」で韓国俳優として初となる最優秀男優賞を受賞。そのニュースは世界を駆け巡った。 ■「『描きたい』と思ったイメージを台本に投影しました」 時に情熱的、時にユーモラスにキャラクターの本質を体現し、役そのものとして作品に存在する姿こそ、俳優ソン・ガンホの真骨頂だ。 「サムシクおじさん」で演じるのは、人々に“サムシクおじさん”と呼ばれ、頼られる謎めいた政治フィクサー、パク・ドゥチル。配信中の1~5話でも、若き理想主義者キム・サンの演説に心奪われるシーンや、政界の大物と命のかかったきわどいやりとりをする緊張感あふれるシーンなど、言葉以上に“顔”で、多くのことを語っている。 「サムシクおじさん」の会見でも、記者からの「ある映画監督が、ソン・ガンホは“顔を映すだけでそのシーンが成立する俳優だ”と言っていますが、このドラマではどうでしたか?」という質問に、シン・ヨンシク監督が「以前、映画でご一緒してから『この表情、使いたいな』という想像をすごくしていました。この作品は普段とは違い、彼への“あて書き”です。数年間ソンさんと頻繁に会って、私の脳裏に刻まれてきた『描きたい』と思ったイメージを投影しながら台本を書きました」とコメント。ガンホが“撮りたくなる顔”を持った俳優であることが、このやりとりからもよく分かる。 役そのものとして画面の中に存在し、“顔”つまり表情でシーンを成立させる俳優。演出する側に、一瞬一瞬の表情を“使いたい”と思わせる魅力を持つ俳優。それが、世界的俳優ソン・ガンホだ。 「サムシクおじさん」は、そんな彼が選んだ初めてのドラマ作品。会見では「ドラマならではの表現の度合いが分からなくて。カットのたびに『これはちょっとやり過ぎなんじゃないか』とか、適正なさじ加減を共演者にたくさん聞きました」と、苦労したことも打ち明けている。ドラマ出演という新たな挑戦をした今回、果たしてガンホはどんな“顔”を見せてくれるのだろうか。 「サムシクおじさん」(全16話/毎週水曜に2話ずつ、最終週3話配信)は5話まで配信中。続く第6、7話は5月22日(水)に配信される。 ◆文=ザテレビジョンドラマ部