雨の信州・上諏訪で出会う、縄文の神と温泉銭湯
【連載】ニッポン銭湯風土記
旅が好きだからといって、いつも旅ばかりしているわけにはいかない。多くの人は、人生の時間の大半を地元での地道な日常生活に費やしているはず。私もその一人だ。が、少し異なるのは、夕方近くにはほぼ毎日、その地域で昔から続く銭湯(一般公衆浴場)ののれんをくぐることだろうか。この習慣は地元でも旅先でも変わらない。昔ながらの銭湯の客は、地域の常連さんがほとんど。近場であれ旅先であれ、知らない人たちのコミュニティーへよそ者として、しかも裸でお邪魔することは、けっこうな非日常体験であり、ひとつの旅なのだ。 【画像】もっと写真を見る(13枚)
雨の中の御柱
まったく、春の雨はうらめしい。 山陽、北陸と2週続けての旅路だが、途中1日を除いてずっと雨。信州に入っても降りやまなかった。景色は見えないし、行動は限られるし、靴下はぬれるし、おまけに予定がうまくいかないことも重なって、さすがに気持ちもパッとしない。 それでも、行く先々で銭湯に入っては土地の人に触れ、風呂あがりの居酒屋で土地の味と酒に触れることで、陰鬱(いんうつ)な気分はまずまず癒やされ、翌日の新しい旅路へとつながっていくのだった。 はじめてのものに触れて気分が変わるのもまた旅のよいところ。 旅の最終日、諏訪で1日空いた。相変わらず降ったりやんだりの空模様だが、これまで行ったことのなかった諏訪大社の上社(かみしゃ)へ行ってみた。 平安期ころまで諏訪湖は今よりずっと大きく広がっており、現在の諏訪盆地の平坦(へいたん)部はほとんど湖面で占められていたらしい。その南端に上社=前宮(まえみや)と本宮(ほんみや)=、北端に下社(しもしゃ)=春宮(はるみや)と秋宮(あきみや)=が位置し、諏訪大社はその四つの宮から成っている。 茅野駅から傘をさして旧湖底とおぼしき平らな土地を40分ほど歩くと、盆地の端の山ぎわに、かつて諏訪湖へ流れ込んでいたであろう小さな谷がある。そこに上社の前宮があった。諏訪大社に代表される諏訪信仰のシンボルは、社殿の四隅に立てられた「御柱(おんばしら)」だ。6年に一度、立て替えられる御柱は、山から巨木が切り出されて神社まで運ばれること自体が神事であり、なかでもその巨木が崖から引き落とされる「木落とし」はそのハイライトとして有名だ。私も以前、下社の木落としを見物したことがある。 前宮から直線距離にして1.5kmほど北の山ぎわに本宮がある。こちらは前宮よりも観光地然として手前に土産物屋が並び、雨だというのに観光バスが何台も発着していた。