選手と一つ屋根の下 能代松陽を優しく見守るお年寄りたち センバツ
一つ屋根の下のお年寄りたちに勝利のプレゼントを――。熱戦が続く第95回記念選抜高校野球大会(毎日新聞社など主催)で28日、初出場の能代松陽(秋田)は3回戦に臨んだ。秋田県能代市の学校近くには、野球部員らが寝食を共にする下宿「季(とき)の庭」がある。そこは高齢者も入居している。 下宿を運営するのは倉田堅さん(44)で、高額な老人ホームに入れないお年寄りらに割安な住まいを提供しようと、賃貸物件を借りて2014年に下宿を始めた。さらに18年、遠方から通う高校生の受け入れを始めた。 現在、2階建ての1階にお年寄り、2階と別棟に高校生が暮らす。市外に実家がある能代松陽の野球部員8人のほか、人気バスケットボール漫画「スラムダンク」に登場する学校のモデルとされる能代科学技術(旧能代工)のバスケ部員2人が住む。「鬼に金棒、小野に鉄棒」と呼ばれた元体操選手、小野喬さん(91)の母校、能代高の体操部員も近く入る予定だ。 倉田さんは「育ち盛りの高校生に快適な下宿生活を送ってもらい、進学や就職で離れても能代を忘れないでほしい」との思いから、隣で運営する人工芝の屋内練習場を下宿生に開放。下宿での朝食と夕食に加え、できたての弁当を毎日、学校に届けている。 能代松陽の野球部員たちは日中は不在のことが多いが、毎朝下宿を出る午前7時ごろは、ちょうどお年寄りの起床時間と重なる。入居当初はどう接していいか戸惑う部員たちも、あいさつや雑談を交わすうちに打ち解けていくという。居住エリアの外にいる認知症の入居者を部員らが見つけ、スタッフの元まで連れ帰ったこともあるという。 新型コロナウイルス禍で休校になった間は、中庭などでトレーニングする姿をお年寄りらが窓越しに見守った。孫のような球児たちのセンバツ出場に、入居者の萩野克巳さん(87)は「甲子園に出られて本当によかった」と喜んだ。 この日、センバツ連覇を懸ける大阪桐蔭に挑んだ能代松陽ナイン。エース右腕・森岡大智投手(3年)が五回まで無安打に抑える力投を見せ、八回途中に相手のエースを引っ張り出した。秋田の県立校の必死の粘りに甲子園はどよめいたが、あと一歩及ばず敗退した。優勝候補を相手に一歩も引かない下宿生たちを、萩野さんら約15人のお年寄りは食堂のテレビの前で旗を振るなどして後押しした。 「頑張ってね、行ってらっしゃい、と話しかけてくれるのがうれしい」とお年寄りを慕っていた虻川(あぶかわ)颯汰選手(3年)は2安打と気を吐き、試合後に「夏も戻ってきて、また試合を見せてあげたい」と誓った。【猪森万里夏】