『デデデデ』あのによる完璧な演技の衝撃 幾田りらと“ぶつかり合う”小学生パートは必見
声優ではない。俳優とも言えない。そんな2人が声を演じて完璧なまでにキャラクターであり、物語の世界を表現してくれている長編アニメが、現在公開中の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章』(以下、『デデデデ 前章』)だ。突然現れた巨大な〈母艦〉を仰ぎ見ながら東京で暮らす女子高生の小山門出と“おんたん”こと中川凰蘭を、シンガーソングライターであり「YOASOBI」のikuraとしても活動する幾田りらと、NHK紅白歌合戦にも出演したアーティストのあのが演じて、緊迫と倦怠が入り交じった不思議な世界へと観客を引きずり込む。 【写真】ひろしに背負われる門出とおんたんの姿 ■あのによる“おんたん”の完璧な演技 「漫画のコマだけ見てお芝居をしてもらって、声を聞いただけで全員がしびれました。凰蘭だって」。3月8日から11日まで東京・池袋で開催された東京アニメアワードフェスティバル2024の中で、ワールドプレミア上映された『デデデデ 前章』の舞台挨拶に登壇したアニメーションディレクターの黒川智之は、こう話して凰蘭を演じたあのとの出会いを振り返った。 オーディションの現場には、ほかに原作者の浅野いにおとアニメーションディレクターの本多史典もいたそうで、その3人が揃って太鼓判を押したほどのあのによる“おんたん”の演技が今、全国のスクリーンで展開されては同じように観る人をしびれさせている。まず上手い。そして役に合っている。破天荒な行動と突拍子もない言動を繰り広げては、何者かによって攻撃されているわけではないにもかかわらず、どこか息詰まった空気が漂う東京の街を走り回る“おんたん”という女子高生を、そこにいるように感じさせてくれる。 ソロアーティストとして歌っている時はこれぞシンガーといった歌声を聞かせてくれるあのだが、喋るとなるとどこか舌足らずなところがあって、それが魅力になっていた。フジテレビのバラエティ番組『全力!脱力タイムズ』の「日本技術遺産」というコーナーで、伝統工芸などの作業にナレーションを付ける時も、喋りが滞って映像に追いつかないさまを見せて苦笑を誘いつつ、それを悪びれない強心臓ぶりでファンを喜ばせている。 そのあのが、キャラクターの演技や表情に沿って演じなければならない声優として、どれだけの演技力を発揮できるのかといった懸念を抱いた人は少なくなかっただろう。普段通りのパーソナリティをそのまま出せる実写の演技とは違うからだが、結果は完全にして完璧な“おんたん”をスクリーンの中に現出させた。中二病気質で理屈っぽくてどこまでもポジティブな不思議少女を、独特の柔らかな発声でしっかりと演じきった。 凄いのはそれだけではない。『デデデデ 前章』には、まだ小学生だった門出と出会い交流を深めていくパートが登場する。そこでの“おんたん”は、高校時代のようなはっちゃけた感じとは正反対の、内向的で自己主張もまるで持たない少女だった。ビクビクとして周囲を気にするキャラを、あのは性格も含めてしっかりと演じていた。傍若無人で破天荒なキャラクターというイメージを崩しつつ、それでもあのならではの声音を聞かせる演技力をどうやって身につけたのか。気になるところだ。 ■幾田りら演じる門出の凄みを感じる“豹変ぶり” 一方の幾田りらは、すでに声優として細田守監督の『竜とそばかすの姫』(2021年)に出演済み。ヒロインのすずをネットの世界で有名人にする活動に勤しむヒロちゃんという役を演じて、いろいろと悪巧みをする毒舌家の女子高生を見せてくれている。これがなかなかのハマり役で、すでにYOASOBIのメンバーとして「夜に駆ける」を歌い、2020年末のNHK紅白歌合戦に出場していたシンガーとは違った演技巧者ぶりを感じさせた。 そして、『デデデデ 前章』で主役のひとりの門出を演じることに。TAAF2024での黒川アニメーションディレクターによれば、オーディションではなく最初から演じてほしいとオファーしたそうで、演じられるといった見込みがスタッフにも、原作者にもあったのだろう。その結果はあのと同様、眼鏡姿で純朴そうで“おんたん”に振り回されているように見えて、自分を曲げない強さを持った少女をきっちり演じきっている。 門出もまた小学生のパートでは、高校生の時とは違った複雑な演技を求められるが、この時の豹変ぶりは観ていて心が冷える。そして、演じる幾田りらの凄みを突きつけられる。ある意味で究極の演技がぶつかり合ったとも言える小学生のパートは、2人でいっしょに収録したとのこと。その演技に合わせるように絵の方も描いていったそうで、仕草から表情から役者が演じているような映像になっている。小学生ならではの邪悪な言動に溢れたシーンがあって、観ていて辛いパートだが、アニメとしては見どころたっぷりだ。 ■種﨑敦美×内山昂輝、諏訪部順一、そしてTARAKOさんの演技も味わいたい 声優でもなく俳優でもない2人の凄い演技を、周囲で支える声優陣も同様に凄い。門出や“おんたん”のクラスメートで、いっしょに活動している栗原キホを演じているのは種﨑敦美で、訥々と喋る『葬送のフリーレン』のフリーレンとも、幼さを炸裂させる『SPY×FAMILY』のアーニャとも違う、ギャルめいた女子高生の声を聞かせてくれる。そのキホが告白する小比類巻健一は、『ハイキュー!』の月島蛍役などイケメン系の演技が人気の内山昂輝が演じていて、不穏な空気の中で徐々に異常さを増していく高校生を見せてくれる。 素晴らしいのは諏訪部順一。“おんたん”の兄のひろし役だが、元は相当なイケメンだったものがニートとしてネット監視と自宅警備に励んでいるうちに太り、顔もふくらんで二重顎になってしまうキャラクターを、それでもイケメン感をたっぷりと残して演じ、何か底知れない人物だと感じさせる。目下大人気の津田健次郎も出演していて、こちらは門出の父親で漫画編集者のノブオをうらぶれた感じも含めて出し切っている。 そしてTARAKOさん。『ちびまる子ちゃん』のまる子役で知られる声優で、3月4日に亡くなったベテラン声優が、作中作『イソベやん』のデベ子として出演して、情けなさを感じさせる女の子を他に変えがたい声と演技によって見せてくれる。TAAF2024のワールドプレミア上映で、黒川アニメーションディレクターがアフレコ時を振り返って「本当にエネルギッシュでパワフルなお芝居をしていただきました」と話していた。偲びつつ聞き入ろう。 そして感じよう。デベ子の立ち位置が重なる“おんたん”を演じるあのと声のトーンが似ていることを。『ちびまる子ちゃん』のまる子もあのが演じたら。そんなことも思わされる作品だ。
タニグチリウイチ