清原和博は「打つ方は良かった」 大先輩から厳しい指導…高卒スターが直面した“壁”
監督交代で「好きだった」髭を復活…「目立つためです」
清原は高卒ルーキーでいきなり打率.304、78打点、31本塁打と大活躍し、新人王に輝いた。「物が違いましたね。パワーがあって広角に打てる。打つ方に関しては、何の文句もなかったですね」と舌を巻く。 一方で“苦戦”する姿も目の当たりにしたという。社会人の先輩たちへの挨拶などは、まだまだ不慣れだった。「甲子園の大スターとして入ってきたばかりの高校生でしたからね。辻(発彦内野手)とか平野(謙外野手)とか礼儀に厳しいので、野手陣から結構教えられていましたね。ちゃんと挨拶できるようになっていきました」。 松沼氏は、このシーズンから髭を生やした。「僕は元々、髭が好きだったんですよ。社会人の東京ガス時代も無精ヒゲでした」。入団4年目の1982年の自主トレで「無精ヒゲで参加したらマネジャーから『オイ、兄やん。髭は禁止だぞ』って注意されて、慌てて剃りました」。この年に就任した広岡監督は身だしなみに厳しかった。ただし、広島から途中移籍で加入した高橋直樹投手(元日本ハム、巨人)だけは「ずっと生やしていたから広岡さんも許してました。別格でしたね」と笑う。 指揮官が森祇晶監督に交代して臨んだ1986年。髭を復活させた松沼氏はレギュラーシーズン5勝、日本シリーズ1勝といぶし銀の働きを見せた。「あれだけ『工藤だ、渡辺だ、清原だ』と露出していたら僕は目立たないじゃないですか。だから遠くから見ていても、髭を生やしていれば『あれは兄やんだな』って分かる。それだけでも嬉しかったんですよ」。 プロは成績のみならず、見た目でアピールすることも大事なのだ。
西村大輔 / Taisuke Nishimura