時速160キロ、メジャー投手が投げるボールの重力波で、打者のバットは何cm変化するのか?宇宙物理学者が計算してみると
この重力波で打者のバットの長さが変化する!
重力とは空間の曲がりでした。この数値は、重力波の進行方向に対して垂直方向への物体の伸び縮みの比率を表現しています。そのため、この重力波によって、打者が構えるバットの長さも変化しているのです! バットの長さは85センチメートル前後(簡単のため1メートルと近似しましょう)です。バットの長さの重力波による伸び縮みの大きさは、10のマイナス43乗メートル 弱です。 水素原子の中心にある陽子のサイズがおよそ10のマイナス15乗メートルですから、それよりも28桁も小さく、重力波によるバットの伸び縮みはとても検出できません。 また、時速160キロメートルのボールがピッチャーの手からホームベースに届くまで、約0.4秒しかかかりませんが、重力波は光速で伝わります。 そのため、重力波は投手がボールを投げたとほぼ瞬時に伝わります。したがって、そのボールがホームベース上を通過する約0.4秒前に重力波は通過します。 もし、その重力波をバッターが検出できれば、ピッチャーが投げる瞬間のボールの運動状態(カーブボールになる回転なのか、ツーシームになる回転なのか)をバッターは原理的には知ることが可能かもしれません。 しかし、計算結果のとおり、その検出は現実には不可能です。 おもしろい話をもう一つ紹介します。実は、放出される重力波を数学的に厳密に解析すると、加速されるボールの進行方向に対して垂直な方向に重力波が強く放出されることが知られています。 つまり、ピッチャーから見て、1塁側と3塁側に重力波はより強く放出されます。一方、ボールの進行方向、つまりホームベース方向には重力波はほとんど放出されません。 このように、身近な物体からの重力波は無視できる(検出不可能なレベル)です。
重力波を検出するためには
野球のボールの代わりに自動車を想定しても、自動車の質量が高々1トン程度なので、野球ボールの1万(10の4乗)倍程度に過ぎません。放出される重力波の大きさも1万倍程度に増大しますが、それでもの10のマイナス39乗ですから現在の観測精度ではまったく検出不可能です。 しかし、宇宙には太陽を遥かに超える質量の天体がたくさん存在します。そのため、天体現象で生じる重力波は微弱ながらも検出可能なのです。また、その観測から、天体の物理状態、つまり、連星の公転運動から発生したことがわかっています。 将来、連星の公転以外の物理状態、たとえば、超新星爆発なども、検出された重力波から推定されることでしょう。 本稿の冒頭で紹介した、重力波に関する四重極公式が意味するところは、「重力波が大きくなる条件は、物体の質量が大きく、かつ物体の速さも大きく(高速)、かつ我々からの距離が小さい(近い)こと」にほかなりません。 この条件をもっとも満たせる天体が、大質量で知られるブラックホールが作る連星「ブラックホール連星」なのです。 ---------- ----------
浅田 秀樹(弘前大学 理工学研究科 宇宙物理学研究センター センター長・教授)