にじさんじ・VTAからデビューを果たした最初のタレントはいま 天ヶ瀬むゆのいまむかし
現在のVTuberシーンにおけるトップランナーのひとつであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。 【動画】HIMEHINA「愛包ダンスホール」をカバー 歌って踊る天ヶ瀬むゆ&海妹四葉 メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。 育成プロジェクトである「バーチャル・タレント・アカデミー(VTA)」からも新規ライバーがデビューし始めており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与え始めている。 先週書かせてもらった壱百満天原サロメがデビューする約1年前、にじさんじはとある大きなプロジェクトを発表していた。新たなタレント育成プロジェクト「バーチャル・タレント・アカデミー」(通称・VTA)だ。少し長くなるが、同プロジェクトについて振り返っていこう。 2021年6月18日に募集を開始した同プロジェクト。アカデミー生として合格した際には、プログラム受講費や入学金など、すべての費用をANYCOLOR社側が負担したうえでカリキュラムに臨めるという内容だ。 カリキュラムの内容・詳細はまったくの非公開であり、これまでに明かされた情報は、VTAでのカリキュラムを終えた卒業生がそのままにじさんじのタレントとしてデビューしたあと、リスナーからの質問に対して言葉少なに答えている以外まったくない。 バーチャル・タレント・アカデミーの公式SNSアカウントでたびたび投稿される文章をふまえれば、歌やダンスのレッスンのために集合したり、配信上で気をつけなければいけないマナーや専用ソフトの動かし方などを学んでいることはうかがい知れるが、それ以上のことは外部に公開されていない。 また現在はおこなわれていないが、以前までは受講生が毎週金曜の昼から午後に約30分ほど「配信練習」としてライブ配信をし、集まったリスナーにみてもらうという実習講座が存在していた。根強いにじさんじファンが「未来のスター」ともいえるVTA生を一目見ようと集まっていたこともあり、そこには密やかな熱気が生まれ、本プロジェクトへの注目度を高める要因にもなっていた。 だが2023年8月上旬、当時在籍していた一部メンバーによる情報管理の徹底を含むルールへの違反が確認され、当該メンバーはすべて退籍処分となる事件が発生。それまでは入学したアカデミー生がどのような人物かを紹介していたが、以降はアカデミー生が入学したかどうかも公開されなくなった。 とはいえ、2024年9月2日まで4種類のオーディションを開催しており、アカデミーとしての動きが継続しているのは間違いない。それまでの「オープンなプロジェクト」から「クローズなプロジェクト」へと方針が一気に変わったことで、在籍メンバーが陽の目を見る機会は減ったが、今後も大きな影響を及ぼすことは必定であろう。 今後この連載で継続的ににじさんじタレントを取り上げていくなかで、バーチャル・タレント・アカデミー時代の出来事は必要最低限に留めながら執筆していくつもりだ。 さて、そんなVTAからにじさんじタレントとしてデビューした記念すべき1期生は、女性3人組のグループ・Ranunculus(ラナンキュラス)であった。今回はそのなかの1人、「天ヶ瀬(あまがせ)むゆ」について筆をすすめていこうと思う。 2022年3月16日にSNSに初投稿し、3月20日に初配信した天ヶ瀬むゆ。バーチャル・タレント・アカデミーに所属していた際は「天ヶ瀬夢癒(むゆ)」と漢字表記であったが、デビューにあわせて名前をひらがな表記にしている。当時の動画をYouTubeチャンネルのメンバーシップ限定で公開しており、VTA時代の彼女を振り返ることもできる。 ロングツインテール・ロングシャツ・ミニスカート・靴下・ローファー、すべてが赤を基調にした色合いにまとめられ、その上からカジュアルなジャケットを着ており、首元にガスマスクを下げているのがポイント。同期としてデビューした先斗寧(ぽんと ねい)・海妹四葉(うみせ よつは)が青・黄をモチーフカラーとしており、Ranunculusの赤・ピンク担当として、ファンから親しまれている。 デビュー時にはRanunculusのデビュー曲も発表されており、印象深く覚えているファンが多いだろう。彼女らのデビュー以後、VTA出身者を含めたにじさんじの新人デビュー時にはオリジナル曲もしくはカバー曲がほぼ必ずリリースされるようになっており、これも新しい取り組みであった。 「VTAからの初出身者」という、まさしく“試金石”たる立ち位置として3人には大きな期待・注目がかかることになった。 天ヶ瀬むゆといえば、自然体でリスナーからのコメントを淡々と受け答えることが多く、飾らない人柄を滲ませていることが多い。 たとえば、同期である先斗が何かとリスナーのコメントと応戦して笑いを取りたがったり、海妹が自身の強いパッション・無邪気さを前面に押し出しているのをみれば、そのコントラストはよりクッキリと見えてくる。彼女ら2人が“動”のタイプであるなら、天ヶ瀬は“静”のタイプといったところだ。 天ヶ瀬のファンからすると、「そこまで静かなタイプか?」と思われるだろう。彼女の場合、何でもないところからいきなり間の抜けた・自然体すぎる言動を炸裂させることが多く、そのコントラストがゆえに“静”なイメージが浮きぼられているのだ。 そんな天ヶ瀬むゆの自然体なエピソードをズラリと記してみよう。 ・デビューして間もない2022年5月26日に、朝6時半から『リングフィットアドベンチャー』を使ったトレーニング企画に臨もうとしたが、朝早すぎて寝坊してしまった。ほぼ同タイミングに配信をしていた海妹、たまたま配信に参加していた先斗の2人は「天ヶ瀬が配信するみたい!」と期待して待っていたのだが、結果的に天ヶ瀬を起こすためにモーニングコールして起床させる。 ・「白米以外に好きな食べ物は?」というファンからの投稿に対し、バターチキンカレーや牛乳割りの青汁が好きと答えたあと、“週5で食べるヤバいごはん”として「牛乳100ml、オートミール50gをいれてふやかした後、プロテインをスプーン1杯分いれて電子レンジで1分温め、ヨーグルトをかけたもの」を食べていると紹介。 天ヶ瀬は友人からは「健康効率厨」と呼ばれており、「無機物ごはんだよ。味変もできるし、元気に過ごせるよ」とリスナーにもレシピをおススメし、リスナーを若干引かせてしまう。ちなみにこの話題は自身2回目の配信のなかで話している。 ・彼女のトークは、じつは勢いやノリで話し続けていくことが多く、話題の前後や文脈が合っていなくとも気にせず話し続けていくことが多い。お風呂に入った際に「今日あったことを1人で話し続ける」のが中高生の頃から日常化していると話しており、その習慣が影響しているのだろう。とくに同期である先斗や海妹、VTA時代の同期であったVOLTACTIONの男性陣との会話でこの現象が起きやすく、ノンストップで会話がつづく。 ・VTA時代から機械音痴で知られており、同期や周囲の面々からサポートされることが多い。 「ゲーム音が聞こえない」と指摘されて調整したところ、「ゲーム音は聞こえるようになったが自分のマイクがオフ状態」になってそのまま進行しはじめたり、配信を開始したかと思いきや、自身のアバターが画面横一直線に置かれてしまったりと、配信の設定でやらかすことも多々ある。なお過去には、ATMへの振り込みで「まったく知らない口座にお金を振り込んだことがある」と明かしている。 ・『Minecraft』をプレイしている際に、にじさんじの先輩であるイブラヒムがログインした際、IDが「Ib_Lamperougue」だったため、「いぶ……らんぱーじ……だれぇ……? 知らない人きたんだけど。ランパルージュさんっていたっけ、先輩に」と、動揺からトンチンカンなことを言ってしまう。また、イブラヒムと彼のリスナーが『Minecraft』内でかつて使っていた挨拶「はい、いらっしゃいませ」をリスナーに教えられ、イブラヒムに挨拶を返した。 同じ配信中、今度は長尾景にメッセージを打とうとするが、ローマ字表記入力に手こずってタイプミスを含むメッセージを送っていたところ、「むゆち、VTA帰る?」と長尾からメッセージを送られてしまう。 ・デビュー後、何人もの同僚と直接会う場面が増えていったが、先輩であるでびでび・でびる、竜胆尊、山神カルタ、後輩の石神のぞみらが「距離感が近い」「なんかいい匂いがする」「スケベじゃない?」という感想を話したことで、「天ヶ瀬むゆはセクシーな女」説が浮上する。 実際会った際の距離感が、他の人よりも近く、彼女自身の性格や品の良さが現れているようで、天ヶ瀬の同期であった海妹や四季凪アキラ、果ては彼女のマネージャーや昔からの友人もまでもが、その魅力に気づいていたよう。曰く「会話しているの立ち位置とか、距離とか、細かいとこが近い」という。 ・『にじさんじフェス2022』に初参加した際、「にじさんじライバーの私物展示」コーナーに私物を提供。ほかの面々が、ファッションにまつわる品物、企画に実際使用したもの、メンバーとオフ日に楽しんだ際の思い出の品などを展示しているなか、天ヶ瀬は「前の家の屋根に落ちて六ヵ月経ったタオルくん」を提供した。「えっ!? そういう感じだったの?」と、あまりの場違いっぷりに天ヶ瀬本人も思わず驚いたこと含め、後日配信内で釈明をしている。 ちなみに翌年の『にじさんじフェス2023』では、先に挙げた「天ヶ瀬むゆはセクシーな女」説に乗っかる形で、「ミッドナイトビーナス」と称して私服を展示した。 こうして、ナチュラルボーンなままで魅力を振りまいてきた天ヶ瀬むゆだが、パフォーマーとしての実力も優れている。じつは幼少期にバレエを習っていたことも影響し、ダンスを得意とするタレントであり、先に挙げた「無機物ごはん」やセクシーさにまつわるエピソードは、そういったバックグラウンドが影響を与えている。 そのため、VTA在籍時やデビュー時から体力・運動を得意としており、先述した『リングフィットアドベンチャー』配信などでは、軽い運動レベルでは息切れすることがほとんどないレベル。さらに右手の握力が36kgと女性平均をオーバーしていたり、デビュー前からトレーニングを欠かしていなかったことで腹筋が割れていた時期もあったと話している。 そんな彼女が晴れて3Dビジュアルを披露したのはデビューから約1年後となった2023年4月21日。その後の配信では、「得意であるダンスに関することを色々やっていきたい」と語っていた。だが、まさか2023年7月6日の大人数コラボ配信以降、個人での配信活動が現在までストップするとは、多くのファンが想像していなかっただろう。 個人の配信どころか彼女自身のSNSもかなり低頻度の更新となってしまったため、多くのにじさんじファンから心配されていた天ヶ瀬だったが、今年開催された『にじさんじGTA』に1日だけ参加、タレント・リスナーを問わず大いに驚かせた。 夕陽リリが「付き人のように一緒に遊んでくれないか?」と誘って2人でツーリングを楽しむなかで、ゲーム内でほかのタレントと会うたびに「えぇ!? むゆちゃん(天ヶ瀬さん)!?」「久しぶり!」と驚かれていたあたり、彼女の存在がいかにレア化していたかが分かるだろう。見ていた多くのリスナーも、久しぶりの天ヶ瀬むゆに驚くコメントに溢れていた。 さて、そんな驚きを与えてくれた天ヶ瀬だが、現在はショートを含む動画コンテンツを中心に静かな活動を続けている。以前、彼女は雪城眞尋とのコラボ配信のなかで、にじさんじに入った理由についてこう話している。 「色んな人がいっぱい居て一緒に遊んでいるというのが羨ましかった。自分を受け入れてくれる場所がどこかないかと思ったとき、ここでならもっと自分を出せるんじゃないかと思った」 人気VTuber事務所のアカデミーにおける一期生という肩書き、「アカデミー出身ならばしっかりと務めなくてはいけない」という責任感、そういった重圧が彼女の両肩には当然のしかかってくるだろう。とはいえその逆に、あっさり・サバサバとしたナチュラルなムードでまるで気にも留めていない、そんな天ヶ瀬むゆのイメージも同時にフッと浮かんでくるのも確かである。 活動を本格的に復活させるのか、するとしてそれがいつになるかは、現状では不明だ。しかし、マイペースに活動を続けながら、生まれつきの魅力を発揮し、同期・同僚・ファンを魅了し続けてくれれば頼もしい限りだ。
草野虹