M-1グランプリ ヤーレンズのオチでも話題!『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』老人で生まれ、若返っていく男の物語。人生の目的とは何か?
1989年に漫画家デビュー、その後、膠原病と闘いながら、作家・歌手・画家としても活動しているさかもと未明さんは、子どもの頃から大の映画好き。古今東西のさまざまな作品について、愛をこめて語りつくします!今回はM-1グランプリ2023の決勝戦、ヤ―レンズのネタのオチとしても話題になった『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』です。(写真・イラスト◎筆者) 【イラスト】あなた一体何者?ディック・トレイシー? * * * * * * * ◆理系人間の夫も没頭する名作 「えっ。また見てるのこれ?」 「うん。なんか面白いし、落ち着くんだ」 私の夫は、この連載の為に担当編集からお勧めされた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』にはまりっぱなし。繰り返し、既に7~8回は見ているんじゃないか。私もこの映画は大好き。見るたびに新しい発見があり、どのパートも面白い。が、彼のハマりっぷりは普通でない。 我が夫は医師で理系人間なので、文学や映画の鑑賞はかなり苦手。色んな名作を見せようと試みたけれど、大抵は(1)「寝る」、(2)「これ誰だっけ」と、クライマックスでにべもない質問をする(ストーリーの把握ができない)、(3)突然DVDをテレビに切り替え、深夜のお笑い番組を見始める(鑑賞の暴力的放棄)といった形に終わるのが常。 その夫がここまで没頭するのだから、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』は名作に間違いなし! 一体、この作品の吸引力はどこにあるのか。
◆老人で生まれて、若返っていく 本作は「老人で生まれて、若返っていく」と言う奇天烈な話。スコット・フィッツジェラルドの短編がもとになっている。 そもそも「若返り」という言葉には人類史以来の魅力があるだろう。今や「再生因子」や「幹細胞」を含む化粧品や医療の広告が花盛り、女性ならば誰もが皺に悩み、フェイスラインの崩れを防ぐために努力をするだろう。 でも「老いることなく死ぬまで若い姿のままなら幸せ」なのか? さらには「若返っていったら幸せ」なのだろうか? そんな人類普遍の「生老病死」の問題を含んでいるから、この物語はこんなにも面白いのだろう。 しかしこの映画は難解ではないし、説教臭くもない。むしろかなり笑え、共感できる。 主人公ベンジャミンは難産の末に生まれ、母親を死に追いやってしまう。そこまでして生まれてきたのに、見た目は今にも死にそうなジジイ。健康状態から「すぐに死ぬだろう」と言われてしまう。そんな!長生きで元気なジジイもババアも、一杯いますよ! 思い余った父親は彼を憎み、海に捨てようとするのだが、殺しきれずに、彼を老人ホームの入り口に置き去りに。一応深刻なドラマとして描かれているのだが、私と夫は笑ったり、絶句したり、興奮しっぱなし。 そもそも「老人の姿で生まれ、忌み嫌われる赤ん坊」が、なかなか可愛いのだ。私が「ジジイ好き」なせいもあろうが、新生児って元々皺くちゃでジジイっぽいし。見ていて全然違和感覚えません。 なもんで、何の罪もないのに実の父親によって海に捨てられそうになるシーンでは「やめて、信じられない!」と、自然な叫びが漏れてしまいます。そのくらいベンジャミンに感情移入しちゃったんでしょうね。 人間結局、「姿」「年齢」「肌の色」などで差別されたり忌み嫌われたりするのが常。可愛くないだけで、実の父親にさえ捨てられたり、じろじろ見られたり。エピソードのいちいちが「ありそう」な話なので、感情移入せずにはいられません。