バングラデシュの人は自撮り大好き 緑と笑顔の国を旅する――写真家・倉谷清文
自撮りが大好きなベンガル人
まだまだ観光の面では認知度が低い国なのだろうか。外国人観光客は少ない。そのせいか、市場を歩いていても、バスの車窓から外を眺めていても、行き交う人と頻繁に目が合ってしまう。カメラをぶら下げ、少し言葉を交わすと、一緒に写真を撮ってくれないかと持っていたスマートフォンを取り出し、ツーショットの自撮りを頼まれる。ダッカ市内だけでなく、他の町に行っても同じだった。 最初は戸惑ったが、これがきっかけで一瞬にして仲良くなる秘訣を知った。滞在中、何人の人と一緒に写真を撮ったことだろうか。どこから来たとか、名前を教え合うぐらいの軽いコミュニケーションしか交わしていないのだが、大抵のベンガル人は嬉しそうに話しかけてくれた。 ダッカ大学近くを歩いている時、仲の良さそうなカップルに出会った。「一緒に写真撮ってもいいですか」と声をかけられたので快く応じた。民族衣装があまりに綺麗だったのでこちらのカメラでも撮らせてもらった。話を聞くと二人は夫婦だった。「日本から来たんだよ」というと「うちの奥さんは横浜に住んでいたことがあるんだ」と教えてくれた。「東京はメガロポリスだわ」とご主人の側で微笑んでいた。
穏やかな国民性を生む自然
ダッカを離れ、仏教遺跡パハルプールに向かった。郊外に出るとまだ若い稲穂の水田が広がる。国旗が示すとおりの鮮やかな緑の光景だ。時折、バナナ畑や魚を養殖する池があり、遠方にはレンガ工場も見えた。バングラデシュの稲作は地形と気候に恵まれ、年に三回収穫出来る三期作の所が多いという。その反面、雨季の洪水の影響で水没するエリアも広く、季節によって大きく地形を変える。それは農業や道路などの移動手段に悪影響を与えるが、洪水の全てを「悪」と捉えるのではなく、川魚の漁獲や養殖などの漁業の機会として生かしてきた。 バングラデシュの人々のその穏やかな国民性には、この特異な大地と厳しい自然環境に上手く向き合ってきたことが関係しているのかもしれない。バングラデシュの約9割はムスリム。イスラム教のザカート(1年間の残った財産の2.5%を貧困者に寄付するという税制度)のように、周りに貧しい人がいたら助けるという意識が高いようだ。 バングラデシュと日本の関わりは深い。1971年にパキスタンから激しい戦争を経て独立した東パキスタンは、国名をバングラデシュとした。その際、いち早く独立国家として認めた日本はODA(政府開発援助)を通じて多くの国際協力をしてきた。その日本の貢献は政府レベルだけでなく、バングラデシュの国民にも深く浸透しているようで、出会った人々の笑顔から、大の親日国であることが伝わってきた。 またいつか再訪するときも、「一緒に写真撮ろうよ」と言ってくれる人たちでいて欲しい。そんなことを思わせる旅であった。 (写真・文/倉谷清文)