ガンディーニを偲んで『ティーポ』創刊編集長の「オートモビルカウンシル2024」放浪記…1台のクルマが青春と人生の道しるべを示してくれた
ガンディーニの最高傑作と今でも思うストラトス
どうしても立ち止まるのはランチア「ストラトス」。ガンディーニの最高傑作だと今でも思う。思い出すのはアリタリアカラーのワークスストラトスが初めて日本に来た時のこと。ラジオ関東で金曜深夜、土曜AM1時~5時に生放送していた『ザ・モーターウィークリー』の人気企画、話題のニューモデルを持ち出し芝公園の周辺をぐるりとGCドライバー津々見友彦さんの助手席で体験する「深夜の試乗会」。中継車も出した話題企画だった。そこに登場したのがワークスストラトス。現場は大騒ぎ。ディレクターであるこちらはスタジオを離れられない、乗れずじまい。あの時乗っておけば……乗った聴取者の方が、この会場にいるかもと思い始めていた。伺いたいのはその時の興奮、印象、新鮮な感情だ。
日本ではどこか日陰の身のような扱いだった308GT4
ガンディーニ作のラストを飾るのは1973年パリサロンで登場したディーノ「308GT4」。フェラーリでありながらピニンファリーナデザインではなくベルトーネのガンディーニの作品。フェラーリ初のV8ミッドエンジン2×2。日本ではどこか日陰の身のような扱いだった308GT4。「308GTB/GTS」の流れるような形でなくウェッジシェイプなスタイリングに魅かれていた。1974年ル・マン24時間レースにはNART(ノース・アメリカン・レーシング)の「GT4LM」がエントリー、魅惑的な1台だった。数度試乗したうえに身近な人物が持っていたこともあり食指が動いていたが、他の人に嫁いでいったことがよみがえる。あの時、手にしていれば……。
無目的に国産車たちの間を逍遥する
もうすっかりこのガンディーニ追悼コーナーで堪能してしまっていた。クルマが最も熱く、それぞれの人生に侵入してきた時代。移動の自由をともに過ごすクルマへのこだわり。そのクルマがもたらす甘美で芳醇な時間……。自らが動く自由、公共機関の乗り物での移動と異なり自らのドライビングでのクルマ移動の時間は自分のもの。さまざまなドラマがある。 この場を離れると、蘇ったあの頃が薄れていくような気配に襲われた。無目的に会場を歩いていく。日産ブースには「プリメーラ」、「シルビア」、あ、パイクカーの「フィガロ」がいる。わが盟友ホキ徳田の愛したフィガロ。小説家ヘンリー・ミラーの奥方だった彼女、最近はめったに歌わないが86歳と最高齢のジャズシンガー。偏屈なぐらい自由と愛を大切に人生を生き、古くなっても決して手放さなかったフィガロ。ホキの「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」が聴こえてきそうだ。 「AE86 BEV コンセプト」、「観音開きクラウン」、「見直そうクルマ作りをそして未来へ」の思いが見えるトヨタブース。ホンダは初代「シビックRS」を展示、今見てもいい。時代が求め始めたのかな。マツダはロータリー愛が全開、熱量がすごい。EVレンジエクステンダーロータリーへ繋げた歴史、1970年のコンセプトカー「RX500」、ミッドシップに10A2ローター搭載の展示。三菱はパリダカ、WRC(世界ラリー選手権)の歴史にこだわる。 さらにぶらぶらと見て回る。バーンファインドの日産「マーチR」。納屋に隠されたかつての息吹。右ハンドルのフェラーリ「365GT/4BB」がなんと2台もある。「512」もだ。