560馬力の直列6気筒ツインターボを搭載したBMW M社50周年記念モデル『3.0CSL』は1億数千万円!? 世界限定50台のモンスターに乗った衝撃
6速MTのシフトフィールは絶品
極めて高い緊張感を持って臨んだ3.0CSLはしかし、素晴らしく趣味性の高いスポーツカーだった。 まずその操作感が、驚くほどに軽い。まるで車重の軽さと質感を合わせるかのように、クラッチペダルの踏力も、電動パワステの反力も、そして6速MTのシフトフィールも、全てがあっけにとられるほど軽やかなのである。 特に素晴らしかったのは、6速MTのシフトフィールだった。 M社が特別に仕立てたというトランスミッションは、まずそのシフトトラベルがショートストローク化されており、慣らしも終えていない状態で(なんと走行距離は1100kmだ! いや、それでも世界一過走行な3.0CSLだろう)、ギアが吸い込まれるようにサクサクと入った。シンクロの効いた手応えは実に心地良く、ヒール&トゥも美しく決まった。 資料によればそのギア比も見直されているとのことだったが、現段階での数値は不明だ。それでも560PSのパワーと軽いボディの組み合わせにこのシフトタッチが組み合わさると、M4クーペの8速ATにも魅力負けしない加速が味わえた。 通常これだけのパワーを発揮するエンジンであれば、回転上昇の速さに対する反射を考えても、多段化ATの方が対応しやすい。しかし3.0CSLの6MTは、スパッとゲートに入って行く。もちろん絶対的なシフトチェンジに要する時間は8速ATの方が速いだろう。しかしこの6速MTには、スピードと共存できるキレがあった。 そしてこの6速MTの純度を保つには、5万kmごとにオーバーホールではなく、ユニットごと交換する必要があるのだという。
絶対的なパワーやラップタイムではなく"歴史"を体現した走り
3.0L直列6気筒DOHCツインターボ「S58」ユニットのパワーは、前述の通り560PSまで高められた。この数値は歴代6気筒としは最強だが、たとえばGT-R NISMO(600PS)と比べても、数値自体は控えめだ。 しかしここにこそ、3.0CSLの明確なコンセプトがあると思う。 そのシャシーワークで560PSのパワーをバランスさせ、後輪駆動で走らせるドライビングプレジャーに、その照準を合わせたのだ。ターボとは思えないスムーズさで力強く吹け上がるそのフィーリングは、まさに歴代最高のシルキーシックスだと言えた。 抜群のコントロール性を持つブレーキでノーズを抑え付けて、恐ろしく切れ味が鋭いステアリングに最小限の操舵を入れる。そのターンインは、羽根が生えたかのようにスピーディだ。 タイヤはグリップ重視ではなく、その挙動をコントロールさせようとするキャラクター。個人的にはこのパフォーマンスや価格に対するマージン(つまりグリップ)がもう少し欲しいと感じたけれど、そんな危うさも含めて3.0CSLなのだと、走り込むうちにわかった。 このままクリップからアクセルを踏み込んで行ったら、どんな挙動を示すのだろう?残念ながら筆者には、そこから先を試す度胸はなかった。 しかしその身のこなしから察すれば、それはFIA GT3のようにダウンフォースで車体を地面に抑え付ける近代的な走りではなく、極めて古典的なFRスポーツの走りだと推測できた。 1億数千万円のBMWと聞けば誰もが、どれほどのモンスターなのかと興味を抱くだろう。 しかしM社がこの新生3.0CSLに込めた思いは、ニュルでのラップタイムではない。彼らの歴史をスタートさせたマシンを、自らの名において復活させるロマンこそが全てであり、同時に現代では失われてしまった、軽さを追求したツーリングカーが持つドライビングプレジャーを再び手に入れることだったのだと思う。 そのために、お金に糸目は付けなかったというわけだ。ただひとつ思うのは、果たしてその恐ろしくピュアで贅沢なドライビングプレジャーを、いったい何人のオーナーが、心ゆくまで味うのだろうか? ということである。
山田弘樹