『FUJI ROCK FESTIVAL '24』、3日間で起きた“その瞬間だけ”の奇跡 音楽の理想郷としてのフェスの本質
Kraftwerkが見せたレアなライブ ホットな若手バンドとの出会いも
7月27日(土):DAY 2 The Rolling Stonesの前座に抜擢されたことでも話題になったThe Last Dinner Partyは、GREEN STAGEの2組目に登場。「BBC Radio 1's Sound Of 2024」で第1位に選出されるなど、今最も注目されている新人バンドの一つである。メンバーはそれぞれ個性的なファッションをしていて、その統一感のなさがかつてのプリンセス プリンセスを彷彿とさせたりもする。しかもそのサウンドはニューウェイヴ調あり、ゴシック風あり、グラムっぽさもありと多彩で、特定の枠で語ることが難しい複雑性を備えており、“あらゆるジャンルの音楽を聴き込んだ人が作る音楽”という感じだ。 合間にはジョージア・デイヴィーズ(Ba)が日本語でMCをするのだが、それがとても達者。「『フジロック』は綺麗なとこだね」「今日は新幹線に乗りました。速いね」とほっこりするようなことを言って場を和ませていた。ボーカルのアビゲイル・モリス(Vo)の歌唱法はSparksのラッセル・メイルを彷彿とさせる要素もあって結構クセが強いのだが、スローテンポの曲になるとその魅力が一層際立ち、豊かな表現力も相まって魅せられてしまう。その一方で凛とした立ち姿がデビー・ハリーに似ているなと思っていたら、なんと終盤にBlondieの「Call Me」をカバー。これが抜群にハマっていて痺れた。終盤はステージから客席に降りてオーディエンスと至近距離で触れ合い、彼女たちのデビューシングル曲「Nothing Matters」を演奏して終了。かなり堂々としたライブだったが、まだまだ伸び代を感じさせるところがすごい。 ベス・ギボンズはフルートやバイオリン、ベースを含めた7人編成のバンドで登場。Portishead時代の1998年に来日公演を行うはずだったのだが、それはベスの体調不良で幻に終わった。つまり、これが彼女の初来日公演なのだ。しっとりと始まったステージは今春リリースされたアルバム『Lives Outgrown』からの曲を中心に展開。ダークでムーディなのだが陰鬱な雰囲気ではなく、心の移ろいを訥々と歌うボーカルの表現力の豊かさに陶然となる。夢幻的なサウンドはベスの儚げな佇まいとも相まって幽玄な世界観を創出していた。終盤にはなんとPortisheadの名盤『Dummy』収録の「Roads」を披露。あの時、来日公演のチケットを買っていた身としては、およそ四半世紀ぶりに叶った悲願に胸が熱くなったのだった。 そしていよいよ次はヘッドライナーのKraftwerkである。ドイツ出身の彼らは「電子音楽界のThe Beatles」の異名もある通り、前日のThe Killersや電気グルーヴはもちろんのこと、電子音を使用しているアーティストは直接的にしろ間接的にしろ、あまねく彼らの影響下にあると言っても過言ではない。このようなレジェンドアーティストの真価を目の当たりにできるのもフェスの醍醐味だろう。 ステージ上に等間隔に設置された4つの卓にラルフ・ヒュッターをはじめとするメンバーがつく。それぞれLED発光するつなぎを着ており、曲に合わせて色が変わるのがカッコいい。ライブはオープニングの定番曲である「Numbers」から始まったが、まず驚いたのはその音圧だ。とりわけ「The Man Machine」冒頭のコーラスパートでは、波動で腹のあたりがビンビンと震えた。そのくすぐったさに驚きつつも「自分は今、生でKraftwerkを観ているのだ」という興奮が沸々と湧き上がる。「Spacelab」では、バックスクリーンの中を漂っていたUFOが『フジロック』の会場に着陸する映像が出てオーディエンスから大きな歓声が上がったりと、予想はしていたものの、こういうところをきっちり『フジロック』仕様にしてきてくれていることに感動。 そして“事件”は「The Model」が終わった後に起こった。スクリーンには1981年の初来日時にラルフ、坂本龍一、高橋幸宏が鼎談を行った時の写真が映し出され、『NO NUKES 2012』に際して彼らの「Radioactivity」に坂本が歌詞をつけてくれたことをラルフが話す。その後、坂本の代表曲である「Merry Christmas Mr. Lawrence」を手弾きで披露したのだが、彼らがライブ中にMCをするのは滅多にないことだし、何より他アーティストの曲を演奏したことは私の知る限り、一度もない。Kraftwerkのライブはオープニングからエンディングまでパッケージ化されており、曲順もほとんど同じなので、この趣向には心底驚いた。その後、彼らは坂本バージョンによる「Radio-Activity」を披露。「The Robots」「Dentaku」を経てラストの「Musique Non Stop」まで、電子音楽のパイオニアならではの貫禄に溢れた、十全のライブを見せつけたのだった。総じて音が最高によかったことが満足度を一層高めた。野外でこれだけの音質を実現したのは素晴らしいことである。 興奮冷めやらぬまま深夜のROOKIE A GO-GOに移動。ここで観た沖縄出身の3ピースバンド HOMEがまた強烈だった。80年代ニューウェイヴ風のサウンドで、透明感があるボーカルも相まってとてもスタイリッシュ。彼らの音源をフェスの前から愛聴していたので生演奏を聴くのを楽しみにしていたのだが、実際のライブはブッ飛んでいて痛快で、音源の遥か斜め上を行くやんちゃぶりに驚く。最後はAtari Teenage Riotの如く、ガバのようにハードコアな重低音ビートを連射して絶叫し、聴衆の度肝を抜いたのだった。このバンドにはただならぬポテンシャルを感じる。引き続き注目したい。 7月28日(日):DAY 3 3日目は、会場で知り合った台湾の人が勧めてくれた彼の地の人気バンド No Party For Cao Dongを観に、朝イチのGREEN STAGEへ。シューゲイザーっぽいサウンドからヘヴィなギターロック、果ては軽快なダンスチューンまで音楽性は幅広く、コーラスにはオリエンタルな風味もあって面白かった。親しみやすい歌メロの曲が多く、オーディエンスが楽しそうにシンガロングする声が聞こえる。今日のために台湾から駆けつけたファンも多いとのこと。『フジロック』には毎年アジアのバンドが出演しているが、今年もいいバンドが観られてよかった。 続いて、今回の『フジロック』の“目玉”であるフィンランドのUSを観にRED MARQUEEへ移動。開催期間中は前夜祭から始まっていろいろなステージで演奏した彼ら。開演前に主催であるSMASHの日高氏が出てきて「俺のお気に入りのバンド」と紹介。とにかく肝入りの様子が伝わってくる。ブルースハープを唸らせ、正統派なロックンロールを繰り出していく彼ら。重心がどっしりしたアンサンブルはロックの初期衝動と最も密接なサウンドという感じでグッとくる。数年後にはGREEN STAGEでやっているかもしれない。 今年は都合によりここで会場をあとにし、Noel Gallagher's High Flying BirdsとTurnstileをAmazon Musicの配信で観た。とりわけ、WHITE STAGEのトリとなるTurnstileはヘヴィなバンドサウンドながら「MYSTERY」や「ENDLESS」などシンガロングできる曲も多く、ライブバンドだなと改めて思う。終盤、Brendan Yates(Vo)が「Come on!」と促すと、ステージにオーディエンスが続々と上がって底抜けの乱痴気騒ぎになったのも最高だった。この光景、1998年のイギー・ポップと同じじゃないか! 歴史は繰り返されるというが、フェスの名場面もこうして継承されていくのだろう。彼らのおかげで完全燃焼。スカッとした気分で今年の『フジロック』を終えることができた。3日目の最後にこれを持ってきたSMASHは本当に心憎い。最高だ。 当初はSZAキャンセルの余波もあって「ラインナップが弱い」という声も聞かれたが、実際に現地に行ってみるとそんなことは全くなく、思わぬ喜びをもたらしてくれたアーティストや、例年以上に素晴らしいライブを行ったアーティストが多かった印象だ。The Killers然り、Kraftwerk然り、ライブでなければ決して味わえない奇跡の巡り合わせがある。そして、その瞬間にしか起こり得ないアーティストとオーディエンスの交歓も然りだ。それまで知らなかったアーティストを知り、新しいパースペクティブを得ることができた時の喜びは何にも代え難い。現在、世界中のフェスにおいて、一撃で集客ができるビッグネームは減少傾向だが、今回の『フジロック』は参加者それぞれの嗜好にジャストフィットするアーティストがきめ細やかにブッキングされている印象で、非常に好感を持った。円安の影響か、今年は海外からの観客が非常に多かったように思うが、それだけ多様な嗜好性の人々が共に集う音楽の理想郷としての“フェス”とは何なのか。その本質が、25年目の苗場で一層明確化したように思う。
美馬亜貴子