東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』【中井美穂 めくるめく演劇チラシの世界】
チラシに引っ張られるか、チラシを裏切るか
中井 新作『RTA・インマイ・ラヴァー』では、どのようにチラシを作っていきましたか? 萩田 今回、一般的にあまり馴染みのない「RTA」というものが題材になっていますが、これは最速でゲームをクリアする「リアルタイムアタック」というゲームスタイルです。それを人生に落とし込んだ作品にしようと。 田仲 「RTA」はみんなが知っているものではないけれど、チラシでは「RTA」を知っている人が観たら既視感があるようなものにしようと思いました。「RTA」でチャレンジするゲームって、過去の名作ゲームが多いんです。マリオ、ロックマン、ソニックのようなスーパーファミコン時代のものが愛されている。だからチラシに8ビットのドット絵を使いました。 中井 先ほどおっしゃっていた「暗いもの」は今回は忍び込ませなかった? 田仲 今回はそれほど明確にはしていませんが、男主人公がハートに届かないという配置はあえてやっています。ハート形は、ゲームだとライフポイント、命を表現することが多い。命を追いかけているのか、あるいは単純に好きな人を表現しているのかはいろいろ想像してもらえたらと思っています。 中井 なるほど。いろんな意味が込められているけれど、見た目はあくまでもポップに。 田仲 当時のドット絵って、手や腕がちゃんと描けていなくて、それっぽいポーズを黒線で表現している。それを再現したつもりです。ボーダーを着ているのは名作ゲーム『MOTHER』、ハートは『ゼルダの伝説』に寄せて、ゲーム好きな人が見たら「おっ」と思ってもらえるようにしてあります。ゲーム好きな人がたまたまチラシを手にとったときに、「かわいいな、なんのゲームだろう?」と思ってもらえたら“勝ち”だな、と思って作りました。 萩田 でも、作品自体はゲームがわからない人でも楽しめるように書いていますので(笑)。いま、台本が全て完成して改めてこのビジュアルを見てみると、本当に最初から台本を見せて作ってもらったんじゃないかと思うくらいです。 田仲 チラシの段階では台本がないから、僕は結局何も知らないわけですよ。毎回、答え合わせのような感覚で公演を観に行きます。 中井 いかに心地よく裏切られているかを体感しにいくわけですね。 田仲 そうです。心地よく裏切られるときも、チラシに引っ張られてるなと思うときもありますよ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!』(2022)は、僕の“勝ち”でした。かなり引っ張られてた。このチラシに描いたバルコニーがまんまセットになっていたもんね。 萩田 これは完全に引っ張られましたね。 田仲 『ネバーエンディング・コミックス』(2024)で青を基調としたチラシを作ったときは、劇中の照明や映像も青がメインになっていた。 萩田 やっぱりチラシを見ながら物語を作っていくから。 田仲 僕は役者じゃないしお芝居もできない。でもチラシを通じて一緒にお芝居をしている感覚になるのが楽しい。クライアントがいて、コンセプトがあって、というものの外側でやれているから、僕にとってこのチラシの仕事はオアシスです。 中井 もし、他の劇団から依頼が来たら? 田仲 断るか、めっちゃ高いギャラをとると思います(笑)。 萩田 今でこそギャラを払えていますが、それでもお友達価格なので。それでこのクオリティのチラシを作ってくれるのは、本当に恵まれているなと思います。 田仲 チラシにも特色を使ったり、紙を変えたりしていましたけど、一時期やりすぎて「やめてくれ」と言われました。 萩田 豪華になるのはいいけど、マイケルがギャラを超えるくらいの自腹を切っているときがあったので。プロとしてやりたいことが、予算でできる範囲を超えちゃってた。 田仲 違うよ、プロだったら予算に収める努力をする。プロだったらやらないことをここでやりたいんだよ。 萩田 それはうれしいけど、さすがに申し訳ないから。 中井 ここまでしてくれる人に出会えるなんて、奇跡のようなものですね。 萩田 そう思います。だからチラシに見合う劇団になりたいですね。 田仲 友達としての体感では、いよいよ売れてきている感じがするよ。 萩田 マイケルが何も言わずに飯とかドライブに誘ってくれた時期が長くあった。最近それが減ってきているということは、僕が大丈夫になってきているのかもしれないです。 田仲 心配する必要がなくなってきたからね。 萩田 やっぱり、マイケルは完全に僕のカウンセラーです。 取材・文:釣木文恵 撮影:源賀津己 〈 公演情報 〉 東京にこにこちゃん『RTA・インマイ・ラヴァー』 作・演出:萩田頌豊与 出演: 前田悠雅(劇団4ドル50セント) 野上篤史 加藤美佐江 木下もくめ(破壊ありがとう) 藤本美也子 髙畑遊(ナカゴー) 立川がじら(劇団「地蔵中毒」) てっぺい右利き(パ萬) 日程:2024年10月2日(水)~10月6日(日) 会場:東京・下北沢 駅前劇場 〈 プロフィール 〉 萩田頌豊与(はぎた・つぐとよ) 1991年1月4日、 フランス・パリ出身。和光大学在学中に「東京にこにこちゃん」を旗揚げ。東京にこにこちゃんの作・演出全てを手がけ、現在は東京・下北沢を中心に公演を重ねている。爆笑問題のYouTube『爆笑問題のコント テレビの話 #86』脚本(2023)、NHK 青春アドベンチャー『あたふたオペラ「からふる物語」』脚本(2023)など外部作品への執筆提供も多数。 田仲マイケル(たなか・まいける) アニメーター、アニメーションディレクター、プロデューサー。 中井美穂(なかい・みほ) 1965年、東京都出身(ロサンゼルス生まれ)。日大芸術学部卒業後、1987~1995年、フジテレビのアナウンサーとして活躍。1997年から2022年まで「世界陸上」(TBS)のメインキャスターを務めたほか、「鶴瓶のスジナシ」(TBS)、「タカラヅカ・カフェブレイク」(TOKYO MX)、「華麗なる宝塚歌劇の世界」(時代劇専門チャンネル)にレギュラー出演。舞台への造詣が深く、2013年より2023年度まで読売演劇大賞選考委員を務めた。