『燕は戻ってこない』巣から飛び立った燕たち “産む機械”で終わることを拒んだリキの決断
女児“ぐら”を連れて姿を消したリキ(石橋静河)
リキが子供を引き渡すまでに2カ月の猶予を設けた草桶夫婦。別れの時が近づく中、リキは“ぐり”と名付けた男児だけを残し、女児“ぐら”を連れて逃げるように屋敷を出る。子供を育てる気はなかった彼女が、なぜそのような決断を下したのか。それを単に母性の目覚めと結論づけるのはおそらく誤りだろう。「心が叫んでる。踏みにじられるな。奪われるな。人並みになりたいんじゃない。私は……私でありたい」というモノローグが示すように、リキは子供を産む機械で終わることを拒んだ。それは自分を契約に縛り付けようとする基に苛立ち、日高(戸次重幸)と事に及んだときのように、情動的なもの。子供に対して一方的に押し付けるリキのエゴでしかない。だが、そもそも代理出産のプロジェクト自体、草桶夫婦とリキの欲望から始まったものである。そして契約に基づき、お互いの欲望をビジネスライクに満たすはずだった。けれど、りりこが言うように私たちはみな、ホルモンに左右される奴隷だ。人の感情も欲求も契約で縛り付けることができなかった。これはその結果である。 リキはぐらを連れ、北海道にある実家に戻ったのか。それとも、ダイキ(森崎ウィン)が待つ沖縄に身を寄せたのか。いずれにせよ、険しい道であることは間違いない。それでもタカシ(いとうせいこう)や杉本(竹内都子)が孫のように子供を世話してくれる安全な巣よりも、より暖かい場所を求めて大空へと飛び立つことを選んだ。おそらくリキの選択に、りりこはほくそ笑んでいることだろう。どんなに彼女がリキの代わりに搾取を否定しても結局は他人事でしかない。他人事といえば、途中から一切プロジェクトに関与しなくなった「プランテ」の青沼もそうだ。こうした契約書を作る以外の仕事を放棄し、高額な仲介料をもぎ取る業者の横暴を食い止めるためにも代理出産に関する法整備が急がれる。だが、議論を進める上で、東京のど真ん中で消えたリキと子供の残像を頭に残しておくべきだろう。 最終回放送後、X(旧Twitter)で「#燕は戻ってこない」が世界トレンド1位を獲得した。それだけこのドラマの結末に多くの人が注目していたということだ。代理出産という難題に挑み、フラットな視点でその是非を問うたNHKドラマ制作陣の意欲、桐野夏生による秀作を巧みに脚本へ落とし込み、目を背けたくなるような人間の本質をあぶり出した長田育恵の力強い筆致。そして共感からは程遠くも、どこかに存在しているであろう息吹を感じさせたキャスト陣の名演に改めて拍手を送りたい。
苫とり子