「シリアで新たな独裁が始まる」は本当か? アサド政権を倒した反体制派組織「HTS」の意外な素顔
(黒井 文太郎:軍事ジャーナリスト、新領域安全保障研究所リサーチフェロー) シリアのアサド独裁政権を打倒した反体制派組織「シャーム解放機構」(HTS)が注目されている。現在の新生シリアの全権を握った組織だが、前身は一時期、国際テロ組織「アルカイダ」の傘下を名乗っていた「ヌスラ戦線」というイスラム系ゲリラである。したがって、独裁者がいなくなっても、他宗派を弾圧するイスラム過激派による独裁が始まるのではないかと危惧されたのだ。 【写真】アサド政権打倒を宣言した後、演説を行うシリア反体制派HTSの指導者、アフメド・アル・シャラア しかし、そんな懸念を他所に、HTSは人権重視と民主的政権移行を打ち出しており、他宗派や少数民族、さらには戦争犯罪に加担していない旧政権の職員・兵士にまでおよぶ全方位融和方針を徹底している。 今回の作戦にはHTS(戦闘員は2万~3万人)だけでなく、HTS主導で全13武装組織が連携した「軍事作戦局」司令部(戦闘員は6万人以上)が参加したが、司令部は作戦初期のアレッポ制圧から一貫して「他宗派・少数民族の保護」「投降したアサド軍兵士の保護」を全兵士に命令しており、ほぼ守られた。 首都ダマスカス制圧後も、兵士たちの規律を堅持して治安を維持し、旧政権の統治機構を保護して国民生活を守り、非抑圧的施策を徹底して流血や混乱の回避に成功している。 シリア国民はIS(イスラム国)の狂信的な非人道性の記憶を持つが、HTSはイスラム過激派とはおよそ正反対と言っていい寛容さを打ち出しており、シリア国民に歓迎されている。主要都市では、自由を手にした人々が盛大にクリスマスを祝っているのが実情だ。
アサド支持者の陣営などは盛んに「シリアのアルカイダ」「アルカイダを源流とする過激派組織」と宣伝し、そのまま報じるメディアも少なくなかった。しかし、現在のHTSを過激派と見るのは間違いだ。アルカイダが源流でもないし、別にいる「シリアのアルカイダ」とは敵対関係にある。「シリアのアルカイダ」「アルカイダを源流とする過激派組織」とする説明はいずれもフェイク情報なのだ。 しかも、その足跡をみると、彼らは実質的にアルカイダとさほど関係していないし、アルカイダのテロに参加したこともない。一貫して反アサド闘争のみに従事してきた。特にHTSを率いるアフメド・シャラア(ゲリラ名「アブ・ムハマド・ジャウラニ」で知られるが、闘争は終了したとして本人は本名に戻している)と彼の仲間グループは、仲間内から偏狭なイスラム強硬派を排除し、穏健派と手を組むことを長年続けてきている。その足跡を振り返ってみよう。 ■ 「アルカイダ」と「イラクのアルカイダ」は別組織 HTSの源流は、2003年のイラク戦争(米国主導の多国籍軍とイラク軍の戦争)に参加したシリア人義勇兵たちだ。当時、シリアでは複数のイスラム系団体が「米侵略軍と戦ってイラク人を助けよ」と志願兵を募っていて、多くのシリア人義勇兵がバスでイラクへ渡った。ほぼ全員が敬虔なイスラム教徒で、それがイスラムの同胞を助けるジハード(聖戦)と考えていた。イラク戦争開戦直前にイラク入りしたグループの中に、当時20歳のアフメド・シャラアもいた。 シャラアたちシリア人義勇兵の多くは、イラク戦争での米軍勝利後の反米軍ゲリラ闘争時代に、ヨルダン人の反米ゲリラ指導者であるアブ・ムサブ・ザルカウィが率いる「ジャマート・アル・タウヒード・ワル・ジハード」(「唯一神信仰と聖戦の集団」)に参加した。ザルカウィはアルカイダと人脈的には繋がっているが、彼のグループはアルカイダとはまったく別で、彼自身のものだった。