「いたっ」強い力で噛まれた肩…田中さんの「かみ癖」に困ったヘルパーの機転と工夫
安心して過ごせる中間点とは
介護の現場で出会った人から「幸せになる方法」を教わった、と語る介護福祉士でイラストレーターの高橋恵子さん。今度はあなたに、イラストと言葉でメッセージを届けます。 【本編を読む】次のイラストは 「意思の疎通も難しい。どうすれば?」気持ちが重くなる
意志の疎通も難しくなった、最期の時を過ごされているような人が、 排泄(はいせつ)物を触っているのを目の当たりにしたり、 その人に脈絡なく体をかまれたりすると、 「なんとかやめさせなければ!」と必死になるものです。 私がはじめてそのようの行為に接したとき、 理解できないがゆえに恐怖にも似た感情が湧いたのを覚えています。 今思えば、私がどれだけ、人生の締めくくりの時を最後の力で過ごされている人を 自分のもっている常識にとじ込めようとしていたのかと悔やまれます。 視野が狭かったのは、私のほうだというのに。 というのも、介護職員となった私が、 多くの方々の「常識からはずれるであろう行為」に接し続けたのちは、 大往生を迎えようとしている方々を前にして、 常識などささいなことか、という、 力の抜けた感情に変わっていったからです。 これは長年介護を続けていらっしゃるご家族さんや介護士さんにも、 なじみのある感覚ではないでしょうか。 常識のメガネを外したとき、人の自然体は、人それぞれ。 自然に出てしまう行動を、無理やり止められることほど、つらいことはありません。 だから、問題と思われる行動を止めさせようと奮闘するより、 その行為の理由がどうしてもわからなければ、 お互いが安心して過ごせる中間点を探したほうがよっぽど、貴重な最期のときを気楽に過ごせます。 私たちは例外なく、誰もが老いてゆきます。 例えば、老いてぼけたその時に私がかみつこうとしていたら、 「かんでもいいですよ」と 声をかけてもらいたいと願うのは、私のワガママでしょうか? 《高橋恵子さんの体験をもとにした作品ですが、個人情報への配慮から、登場人物の名前などは変えてあります。》
高橋恵子