ゲストを街に放つ 京都に誕生した富裕層向け「分散型ホテル」とは
日本には歴史ある伝統建築が多くあるが、細かい修理などで、毎年相当の維持費がかかるという。受け継ぐにあたっては相続税なども加わるため、やむなく手放したり、周囲に惜しまれつつも取り壊したり、というケースも少なくない。 そうした名建築をオーナーとともに修復し、現代に蘇らせているのが、文化の継承や地域経済の活性化に取り組むバリューマネジメントだ。現在、日本全国に12のホテルと、「ユニークベニュー」と呼ぶ結婚式場やレストランなどの10の建物をもつ。GINZA SIX内にある1カ所を除き、すべてが歴史的な建造物となっている。 同社が力を入れているのが「分散型ホテル」というスタイル。もともとあった文化財や歴史的建造物などを修復・再生し、客室、レストランなどの機能を街に分散配置することで、周辺一帯を一つのホテルとして見立てるというものだ。 大型ホテルを建築する敷地がない京都のような場所にも、スモールラグジュアリーなホテルをつくれるアプローチであり、あえて「ホテル内で完結させない」でゲストを街に導くことは、他の場所では感じられない「その土地らしさ」を感じたいという旅慣れた富裕層旅行客のニーズにもマッチする。 11月15日、バリューマネジメント京都の6つ目の宿泊施設として、東山八坂の高台寺のそばに「HOTEL VMG VILLA KYOTO(ホテル・ヴイエムジー・ヴィラ・京都)」がオープンした。 今から約120年前、遠州流の茶人、鵜野吾一が茶会を催すためにつくった私邸を、最大8人が宿泊可能な一棟貸切のホテルに改装。本格的な茶室や大正ガラスをはめ込んだリビングの広い窓からは近くの寺院や見事な紅葉が眺められる。低めのベッドを配した寝室が4室、浴室が2つあり、家族や友人とのステイにも向いている。
「文化のデザイン」ともいうべき過程
訪れたゲストを街にナビゲートするコンシェルジュは、「銀座マキシム・ド・パリ」で経験を積んだ熊澤由美氏。京都に長年在住しているコンシェルジュとして、通常非公開の寺院の拝観や座禅、芸舞妓の手配、部屋に仕出料理を依頼するなど、それぞれの好みやライフスタイルに合った体験をサポートする。 こういった建築に手を入れるのに際して、気をつけるのは「元の建築の形」と「現代のライフスタイルに合った快適性」という一種相反するものを守ること。それはさながら「文化のデザイン」ともいうべき過程だ。 私たちの目にふれる日本の名刹や邸宅の姿は、必ずしも作られた当初と全く同じものではない。何世代にもわたって継承されるなかで、時代に合わせた適応をしていった結果である。人間の一生涯の長さを遥かに超えて、昔から受け継がれて生きてきた建築に私たちが感動するのは、時代ごとにその建物を慈しみ、建物の「命」を守ろうとした人たちの思いが感じられるからでもあるのだろう。 ホテルを運営するバリューマネジメントの担当者は、「海外資本がこういった物件を購入して、私たち同様、ホテルなどに改装するケースが最近増えているが、外観は保っても、内装の手仕事や文化的な重要性に気付かず、古臭いとすべて壊してしまうケースも少なくない。日本の文化的な資産である建築を改装するのなら、国籍の如何を問わず、文化を正しく理解する人たちの手で行われるべき」だと感じているという。 「安い円」の後押しもあり、日本が未曾有のインバウンド観光ブームに沸く中、オーバーツーリズムの問題もある。バリューマネジメントでは、これまで「何もない」と考えられてきた場所に新たな価値を生み出す取り組みも行っている。 その一例が、2019年に愛媛県大洲市でスタートした「大洲城キャッスルステイ」だ。観光庁は2020年から、歴史的な城や寺を使いながら守ろうと、それらに宿泊する「城泊」「寺泊」を推進しているが、同社ではそれに先んじて展開してきた。