投票参加は自動的に自分自身や社会の利益になるわけではない
◇投票にあたり、自身の選好と現状認識の間にズレが生じていることも 若者の投票率の低さとともに女性議員の少なさも、選挙に関して挙げられる問題です。日本の衆議院における女性議員の割合は10%程度と、世界的に見ても最低レベルです。国会議員の女性比率を調べたランキング(図3)を見ると、民主主義国以外も含めた議会のある184カ国中、日本はなんと163位です。日本よりも割合の低い国は、OECDなどの先進諸国にはありません。それどころか、サウジアラビアやパキスタンなど、日本人にとって女性の権利意識が高いとイメージしづらいアフリカや中東の国々よりも、日本の方が断然低いのが現実です。性別の観点からみると「政治が有権者を代表している」とは、とても言い難い状況でしょう。 なぜ、日本で女性議員は増えないのでしょうか。この問いは、私が取り組んでいるもう1つの研究テーマです。民主的な選挙が行われていると想定するなら、単純に「有権者が女性候補者よりも男性候補者を高く評価しているから」と考えるのが自然かもしれません。「女性は政治に関心・知識がない」といったイメージがあるため、女性であることは選挙で不利になる可能性があるでしょう。しかし、日本における投票選択と候補者の性別に関する研究では、平均的な日本人有権者は必ずしも女性候補者を低評価していない、という知見が蓄積されてきています(※2)。むしろ男性よりも女性を好んでいる傾向さえ存在していることがわかってきているのです。 日本で女性議員が増えない主要因については、研究者の間でもまだ共通見解がありませんが、近年、女性候補者を擁立する難しさに関する研究が発展してきています。選挙での勝敗以前に、そもそも女性候補者が選挙に出馬しなければ、女性が選ばれることはないからです。ここでたとえば、男性よりも女性の方が家事育児の役割を担っていることが、女性が選挙に出にくい背景になっているのではないかという議論があります。ある研究では、パートナーが家事を手伝ってくれる状況と手伝ってくれない状況をオンライン調査で実験的に提示し、選挙に出たいかどうかを聞きました(※3)。すると、女性回答者は、手伝ってくれる状況において選挙に出たいと思いやすくなる傾向が見られましたが、男性回答者ではそのような傾向が見られませんでした。この結果は、家事の負担が、女性の政治進出の妨げの1つになっている可能性を示唆しています。 私の研究では、別の視点から、女性候補者を好む有権者が必ずしも女性候補者を支持するような選挙行動を行わない可能性について検証を行っています(※4)。注目したのは、各個人が、周りの有権者の選好について保持している認識です。そして、コンジョイント実験という手法を用いて、オンライン調査内で仮想の候補者プロフィールを無作為に提示し、回答者本人の選好と、選挙での勝利可能性に関する認識を聞きました。すると、平均的な回答者は、女性候補者の方が男性候補者よりも政治家として望ましいと思っているに関わらず、同時に、女性の方が男性よりも選挙で勝ちにくいと認識しているという結果が得られたのです(図4)。この結果は、女性候補者が好まれている度合いが実際よりも過小評価されているという発見を通して、女性が選挙に出馬・勝利する上で、乗り越えるべきハードルがもう1つ存在することを示唆しています。 私たちは、さまざまな言説や世論、ニュースに触れるときに、それが正しいものだという前提で受け取ってしまいがちです。社会環境から押しつけられた「当たり前」に振り回されず、自身の「思い込み」を疑い考えてみてください。若者の投票率や女性議員の割合の話の様に、異なる答えが見えてくるかもしれません。 ※2 Horiuchi, Yusaku, Daniel M. Smith, and Teppei Yamamoto. 2020. “Identifying Voter Preferences for Politicians’ Personal Attributes: A Conjoint Experiment in Japan.” Political Science Research and Methods 8(1): 75–91. ※3 Kage, Rieko, Frances M. Rosenbluth, and Seiki Tanaka. 2019. “What Explains Low Female Political Representation? Evidence from Survey Experiments in Japan.” Politics & Gender 15(2): 285–309. ※4 Kato, Gento, Fan Lu, and Masahisa Endo. In Press. “The Preference-expectation Gap in Support for Female Candidates: Evidence from Japan” Public Opinion Quarterly.
加藤 言人(明治大学 政治経済学部 講師)