映画『ルックバック』 アニメからマンガへ愛を込めて
マンガがアニメになるということ
「ルックバック」は、決してアニメ化に向いている作品ではない。セリフも少なく説明のモノローグもない。映画のエッセンスも入っていてどこか洋画的でもある。 机に向かう背中の画が多い。同ポジ、つまり視点の位置を変えずに、人や物を同じポジションに置いたまま複数カットを連続で見せる手法は、紙媒体など平面で並べると効果的だが、映像となると、同じ構図で少しづつ背景に変化を加えても、大きく画が変わらない。 それが作品の重要な要素だからおろそかにすることはできない。そんな原作を最大限に尊重し、見事なアニメーションをとして映画『ルックバック』を作り上げた監督・押山清高の手腕が素晴らしい。 原作に描かれていないコマとコマの間を繋ぐものを、原作の魅力を損なうことなく、背景で、色使いで、音楽で表現している。 なかでも特筆すべきは、原作読者なら誰もが印象に残っているだろう、京本と初めて出会い、4コママンガを絶賛された藤野が家に帰る雨の中の見開きの描写だ。 一瞬を捉えた見開きを原作のイメージそのままに動きを加えたアニメーションは必見。反対に余計な動きは加えず、淡い色彩で表現した、セリフなしの藤野と京本の回想シーンもグッとくる。 そこに流れる音楽も絶妙だ。本作の音楽を担当したのはharuka nakamura。中川龍太郎が監督・脚本を手掛けたHulu にて配信中のオリジナル作品「息をひそめて」でも音楽を担当した彼は、藤本タツキが原作執筆時に聞いていたことが、発端となり本作音楽担当の候補に上がったそうだ。ミュートピアノで演奏される主題歌「Light song」は、uraraの儚い声が2人の少女の楽しかった日々の思い出を、そして運命の切なさを増幅させる。 マンガの見開きとは、いわゆるとっておきで、魅せどころということ。原作を読んだときに堪えていた感情が、アニメーションになると、それが堰を切ったように溢れ出すのを感じた。 藤野と京本の声を務めた河合優実、吉田美月喜。この2人も声優初挑戦とは思えないほど見事に少女たちを演じている。特に京本が東北訛りでしゃべることに、考えてみれば不思議ではないが少し驚く。これは、”引きこもりの京本は、標準語でしゃべる同年代と関わりもなく、親が方言でしゃべっていたらそうなるだろう”と考えた押山監督の演出によるものだ。そんなリアリティ指向は、声の出演に俳優を多く起用していることに表れている。 押山監督は、脚本、キャラクターデザイン、絵コンテ、演出、原画とアニメーション制作の大部分をほぼ一人で担っている。限りなく個人制作に近いアニメーション制作は、企画当初から考えていたことらしい。 『ルックバック』は、マンガ寄りの絵柄で荒々しい線のまま色を塗っている。そのため商業作品とは違う生の原画の感じが残っているアニメーションになっている。だから原作の絵がそのまま動いているような映像がスクリーンに映し出されるのだ。 本作について、押山監督は「絵描きやクリエイターの讃歌になればいいな」と発言している。原作者・藤本タツキは「背景を描いたアシスタントへのリスペクト」も込めているという。劇場では原作ネームを全ページ収録した入場特典(※先着順、なくなり次第終了)が配布されるそうだ。それぞれの心遣いがまた嬉しい。 劇場アニメを観れば原作マンガがきっと読みたくなる。 映画を愛する、アニメを愛する、マンガを愛する、描き続けるすべての人への想いをのせた本作『ルックバック』。映画館の大きなスクリーンでの鑑賞をオススメする。
文 / 小倉靖史