アシックスのDXを進めた新社長が語る、真のデジタルドリブンカンパニーの条件
■ グローバルタレントを登用した「GIE」の変革 ――新しい中期経営計画では「グローバル・インテグレイテッド・エンタープライズ(GIE)への変革」を打ち出しています。アシックスとしてどんな企業になることを目指しているのでしょうか。 富永 海外も含めて地域ごとの開発、生産、販売の個別最適はかなりできてきましたが、全体を最適化した効率的なオペレーションはまだまだです。 例えば販売会社からすれば早く商品を作ってほしい、もっと品揃えにバラエティさがほしいと思いますが、その一方で、生産部門はじっくり計画を立てたい意向が強いので、製販がもう少し歩み寄る必要があります。そこで製販のデータ連携を強化し、共有したデータをベースに議論することで、双方の生産性をさらに上げる取り組みをしていきます。 また、グローバルタレントの登用も進めようと考えています。当社では、例えばITインフラの運営などを行う拠点はアムステルダム(オランダ)に置いていますし、デジタル技術の開発などを行う拠点はボストン(アメリカ)にあります。こうしたIT関連の領域以外に、マーケティングやサステナブル分野でもグローバル人材が往来できるようになればGIEに変革していけると思います。 私がかつて在籍した日本アイ・ビー・エムでは当然のようにグローバルタレントを輩出しています。またSAPもドイツに本社を置く企業ですが、CEOはアメリカ人ですし、販売のトップがアメリカに常駐してディスカッションも英語で行っています。 同業者のアディダスも英語で議論し、グローバルタレントを大きな戦力にしていますので、われわれも同じような環境を整備し、海外法人にいる社員にもさまざまなチャンスを与え、登用していきたいと思います。そうすることでまた一段企業レベルが上がり、GIEに近づくことができます。
■ 「OneASICS」、生成AIを最大限活用したデジタル戦略へ ――ここ数年、アシックスは海外のランニングレース登録会社の買収などM&A戦略も活発です。 富永 われわれは会員サービスの「OneASICS」を活用してランナーの体験価値を最大化させる取り組みをしています。その会員サービスに、買収したレース登録会社やトレーニング、フィットネスのアプリ運営会社などのサービスやデータを統合したランニングエコシステムを構築して、会員向けの情報発信やサービスをシームレス、かつワンストップで提供することを強化していきます。 次のフェーズでは、より多くのユーザーをエコシステムに流入していけるかどうかが勝負です。例えば日本市場ではランナーのためのポータルサイト「RUNNET」を運営しているアールビーズを買収しましたが、サイト利用者のメインユーザーは30代から50代です。この世代は日頃の運動不足が気になってくると同時に、少しずつお金にも余裕が生まれてくる年代と言えるでしょう。 今後はOneASICS会員と、メディカル、トラベル、エンターテインメント、エデュケーションといった分野の企業とをつなぎ、コラボレーションしていくことで、当社だけでは提供できないサービスまで広げていきたい考えです。その過程でスタートアップ企業とも提携していきますし、そうした取り組みを国内外で展開していくことが次のステップと考えています。 ――OneASICS会員は現在、グローバルで1000万人弱だそうですが、2026年には3倍の3000万人会員を目標としています。 富永 3000万人は可能だと思っていますが、絶対数以上に重要なのがOneASICS会員の実稼働率を上げていくことにあります。 ここ2、3年で会員になっていただいたものの、当社のeコマースをまったくご利用されていない方々もいて、これをGDPR(EU一般データ保護規則/個人データ保護やその取り扱いについて詳細に定められたEU域内の各国に適用される法令)のルールに照らすと、会員全体のうち20%ぐらいの会員データが消去されてしまうことになるのです。それではもったいないので、eコマースが未利用の方々に向け、どのような価値あるサービスや情報を出していけるかが今後のポイントになると思っています。 先ほど好調だと申し上げたスポーツスタイルのシューズは流行り廃りもあって試し履きして購入されるお客さまも多いわけですが、ランニングシューズやテニスシューズは、新作が出たらeコマースで継続的にご購入してくださるOneASICS会員の方も少なくありません。そういう方々に向けてもどのようなサービスを提供できるかを考えていきます。 ――生成AIの利活用についてはどのような方針ですか。 富永 現在、生成AIを活用した3つのプロジェクトを立ち上げています。まずワールドワイドにアシックス全体で使えるようセキュアなシステムを構築すること。2つ目がAI搭載のチャットボットでのお客さまとのやりとりで、個々のお客さまにマッチした最適なシューズを素早くリコメンドできるようにすること。そして、3つ目が当社のスポーツ工学研究所のデータを活用して製品の開発スピードを上げていくことです。 その他、例えば同じお店でもシューズの販売実績の高い人とそうでない人がいます。これは単にプロダクト知識の多寡の問題ではなく、お客さまごとに違う相談や質問に対して的確にお答えできているかどうかも大きいのです。そこを補うためにAIを活用していくことも先々は考えていきたいところです。 ――ITやデジタルの世界に精通されている富永さんから見て、アシックスが真のデジタルドリブンカンパニーになるための条件は何でしょうか。 富永 グローバルでビジネスを展開し、海外売り上げ比率が80%を超えている当社ですが、多岐にわたる事業を手掛けているわけではありません。 だからこそ、グローバルにデータを1つに束ね、共有し、オペレーションも一本化していくことで非常に効率が上がるビジネスになっていくのです。デジタルを最大限活用したワンデータベースからさまざまなことがしっかり分析できるスキルを高めていく。それがデジタルドリブンカンパニーに向けてマストな要素といえるでしょう。
河野 圭祐