「背番号1は憲志郎以外、考えられなかった」高校でトミー・ジョン手術→ソフトバンク育成指名…“投げられないエース”にチームが最後の夏を託したワケ
背番号「1」は「憲志郎しかいないと思っていて」
11月末に受けた手術後は、安静にする期間を経て、バスケットボールなどを使い、ひじを伸ばして投げる動きを入念に行い、ひじの伸びを確認しながらのリハビリが始まった。その後、テニスボールとボールの大きさを変えていき、野球の硬球を握るようになったのは今年の春になってから。そこからキャッチボールに近い動作を徐々に始めていった。 ただ、津嘉山はキャプテンという役目も担う。春の県大会、そして夏も津嘉山は背番号1をつけてベンチ入りした。 青木尚龍監督は言う。 「特に夏は憲志郎がいないことは考えられなかったんです。背番号1を誰がつけるのかと言われると、憲志郎しかいないと思っていて」 投げられなくても、ベンチでは主に声を出し、攻守交代時はチームメイトに道具や飲み物を運び、声を掛け続けた。今夏の兵庫大会は場面によって代打で出場したが快音は響かず。チームは準々決勝で東洋大姫路に2-4で敗れ、甲子園への夢は叶わなかったが、指揮官はあらためてここまでの道のりをこう振り返る。 「トミー・ジョン手術をすると、リハビリを経てピッチングが自分のものになるまでだいたい2年はかかると聞きます。そうなると、憲志郎が投げて甲子園に行くことは厳しくなるけれど、憲志郎が投げられなくてもみんなで頑張ると本人には伝えました」 津嘉山が神戸国際附高に来たのは、甲子園に行くことだけでなく、プロに行くという目標ももちろんあった。 「トミー・ジョン手術は術後、何カ月目にこういうことをやる、次の何カ月目に今度はこれをやる、というプランが決まっていて、回復していくために医者と相談しながら練習もしていけるので、先のことを考えたら(手術を)した方がいいと思いました。治るのか分からない治療を続けて、先が分からない憲志郎の姿を見るのだけは嫌だったんです。他の投手もいるし、その中で何とか勝っていけたらと。そういう思いでやってきました。確かに今年は公式戦で1球も投げていません。それでも指名してもらえたのは、1、2年生の時に見せたピッチングを評価してもらえたんじゃないかと思っています」
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