食事と社会とケアが交差する場所で――あらゆる角度から「食事」を掘り下げて謎に迫る!
「小説現代」2024年4月号で全編公開され、はやくも各所で話題となっている『カフネ』(著 : 阿部暁子)。 【画像】言葉にできない関係性を描いた一作 「言葉にできない関係性」を描く本作を、気鋭の書評家はどう読み解くのか? 今回は5月22日の単行本発売に先駆けて、三宅香帆さんによる書評を紹介します。 ---------- 阿部暁子『カフネ』(5月22日発売) 一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい。 法務局に勤める野宮薫子は、溺愛していた弟が急死して悲嘆にくれていた。弟が遺した遺言書から弟の元恋人・小野寺せつなに会い、やがて彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことに。弟を亡くした薫子と弟の元恋人せつな。食べることを通じて、二人の距離は次第に縮まっていく。 ----------
社会参加としての「食事」の在り方
食べることは、こんなに個人的な行為なのに、なぜこんなにも社会的な行為になっているのだろう、と不思議に思うことがある。たとえばお母さんの作ってくれたごはんを、「おいしくない、食べたくない」と子どもが言ったとする。自分の体を作るものを自分で選びたいと思うのは間違ったことではないし、自分がおいしく思わないものを食べたくないというのは当然のことだろう。しかし一方で、そのごはんを作ってくれた相手に対して、ごはんを拒否するという行為はとても重い──ある意味では人格否定のような拒否に受け取られてしまう可能性もある。味覚は個人の感覚に過ぎないのに、こんなにも社会的な営みになっていることが、不思議でしょうがない。みんなでごはんを食べること、誰かの作ったごはんを食べること、そのどれもがまっとうな社会参加の証だ。 本作『カフネ』は、そんな社会参加としての「食事」のあり方に対して、一辺倒ではない角度から切り込んだ小説である。はたして、食事をどのように捉えるのがいいのか、本書を読むと考えることになるだろう。 本書の主人公は、薫子。法務局に勤めており、仕事も忙しい彼女は、最近ショックな出来事があった。それはとても愛していた弟、春彦が亡くなってしまったことだ。弱冠二十九歳で亡くなってしまった弟の死を、薫子はまだ受け入れることができていなかった。そんな折、春彦が遺言書で指定した相続人として、ある女性と会うことになる。春彦と付き合っていた、せつなだ。 せつなは家事代行サービス「カフネ」という会社で働いていた。顔色が悪い薫子に対して、せつなは自ら料理を作ってくれる。そして薫子はせつなの料理を食べることで、涙を流すのだった。 なぜせつなと春彦は別れたのか? そしてそれなのに、なぜ春彦はせつなを相続人に指名したのか? 謎を追いかけながら、薫子はせつなという女性、そして春彦の真意を理解する。