自分の応援演説に来てくれた安倍元総理が撃たれた 真横にいた佐藤参院議員が明かす「申し訳ない気持ちで過ごした1年」
―銃声とは思わなかったのですか。 「分かりませんでした。現場では、みんな安倍先生に関心が向いていました。凶器が何だったのかと考える余地はなかったです」 ―救急車は銃撃から約10分後に到着しました。 「正直、時間の感覚がありません。体感としては、救急車が来るまでにいろいろなことがあった記憶があり、すごく長い時間に感じました」 ▽事件翌日、礼服であいさつ回り ―翌9日の選挙活動はどうしましたか。 「自民党の方針として、暴力で民主主義を破壊するような行動に屈してはならず、選挙活動は再開することになりました。しかし、私は当事者です。安倍先生に応援してもらった候補者本人なので、普通の選挙活動はできないと思いました」 「そのため、お悔やみの気持ちと選挙活動を両立させる方法を考えました。弔意を表す意味で礼服を着て、支援者にあいさつ回りをしました。『集まっていただきありがとうございます』とだけ伝え、投票依頼や政策を訴えることはしませんでした」
× × 選挙戦中盤、奈良選挙区の佐藤氏は、日本維新の会新人の猛追を受けたものの、事件2日後の10日、投開票の結果は圧勝だった。 × × ▽事件はむしろ思い出すようにしている ―投開票日はどんな気持ちで迎えましたか。 「安倍先生は結果的に命を失ってまで応援してくれました。それで負ける訳にはいかないという気持ちがありました。勝利して、先生の恩に最低限は報いることができたと、その一瞬はほっとしました。ただもう本当に最低限のことです」 ―事件を思い出すフラッシュバックはありますか。 「当時のことは記憶にないことも多いですが、安倍先生の姿ははっきり覚えています。私の場合、政治家としてどのように頑張らないといけないかを思い出す非常に重要な出来事です。忘れたい人もいるかもしれませんが、むしろ思い出すようにしています」 ―事件後、自民党と世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の接点が報道されました。