江川卓に対し「裏切り者のチームに負けるな」9回まで無安打投球も小山高の執念に屈し作新学院は甲子園出場を逃した
江川にとって小山は地元であり、小山高校に進学予定だったという話をスタンドの応援団は知っていた。この時の作新のメンバーに、小山出身の選手は江川を含め3人いた。試合前から「裏切り者のチームに負けるな」と、小山高の応援団はヒートアップしていた。まさに"因縁の対決"である。 12時50分、プレーボール。江川の豪速球がうなりを上げて小山打線に襲いかかる。3回が終わって6奪三振。江川にとっては、もはや普通の滑り出しだ。 4回裏、小山の攻撃。先頭打者がフォアボールで出塁すると、すかさず二盗に成功し、無死二塁と絶好のチャンスをつくる。だが、次の打者が送りバントを空振りし、二塁走者が飛び出しタッチアウト。一瞬にしてチャンスは潰えた。 ベンチではバント失敗の打者を責めるというより、バットに当てさせなかった江川のスピードに呆れ返っていた。 「横から見ていても、球が浮き上がっているのはわかりました」 だが金久保は、9回までノーヒット・ノーランに抑え込まれていても負ける気はしなかったと語る。強気の発言かと思い何度も聞き返したが、答えはひとつだった。 「向こうも点はとれないから。負ける気はしなかったですね。ただ『試合は長くなるだろうなぁ』と思っていました」 県内の選手たちは「江川の実力は認めるけど、作新だけには負けねぇ」と、その強い信念で野球をやっていた。他県のチームは初めて見る"怪物"に衝撃を受け、呆気にとられている間に試合が終わってしまう。しかし県内のチームは「江川は攻略できないが、作新も点がとれない」といった心理が働き、最後まで粘りがあった。 作新もチャンスがなかったわけではない。3回、5回は得点圏にランナーを進め、8回には一死二、三塁という絶好のチャンスを迎えたが、後続が倒れ無得点。のちに江川は少し感情をあらわにしながら、この試合を説明した。
「8回に作新が一死二、三塁にしたんですよ。次のバッターがピッチャー強襲のライナーを放ち、小山高のピッチャーが捕ったと思ったら、そのままグラブを落としたんですよ。拾ってファーストへ投げてツーアウト。それでセカンドに投げたのかな。相手は(併殺と勘違いしてベンチに)帰っちゃった。(ノーバンでの)捕球じゃないから、僕は『回れ、回れ』って大きな声で言ったんですよ。でも、サードランナーはそのままベンチに帰ってきちゃった。その時、サードランナーがホームを踏んでいたら、ヒット1本も打たれずに甲子園に出られたんですから。漫画みたいなシーンでしたよ」 9回が終わり、実質4試合連続ノーヒット・ノーランを達成するも、0対0のまま延長戦へ。これ自体も漫画的展開だ。 【37イニングぶりの安打】 だが10回裏、二死から3番打者にセンター前にふらふらっと落ちるテキサスヒットを打たれる。じつに37イニングぶりの安打だった。このヒットにより小山ベンチ内は大いに盛り上がった。 「よーし、打てる、打てるぞ!」 この勢いは、次の回につながる。11回裏、小山の攻撃。この回先頭の4番・金久保は初球のストレートを力で持っていきセンター前ヒット。 「絶対江川に勝ってやる!」 積年の恨みではないが、勝利への飽くなき執念が金久保を駆りたてた。 この回が勝負とみた小山の小林松三郎監督は、5番・和田幸一に送りバントのサインを出す。だが、和田は2球続けてカーブをバント空振り。これでツーナッシング。 「やべぇ、バットに当たらねえ」 焦燥感に満ちた和田に、監督の小林は「打て!」のサインに変更した。 「なんとかしなきゃ」 必死の思いで、和田はベースに思い切りかぶさった。すると、外角アウトコースに来たストレートにポンッとバットを出した打球はライト前に転がった。これで無死一、二塁。次の打者がバントで送り、一死二、三塁。ここで作新バッテリーはスクイズを警戒しつつも、ストレートでワンストライク。