ノーベル文学賞作家が恋人たちを描く中篇作品集(レビュー)
昨年のノーベル文学賞受賞者ヨン・フォッセの中篇小説を三作まとめた作品集だ。受賞後、戯曲『だれか、来る』、中篇『朝と夕』など続けて邦訳が出ていて喜ばしい。 『三部作』には年代設定がないが、ノルウェー西部の地名にビョルグヴィンという古称が使われており、中世初期をイメージして翻訳したと訳者は述べている。 収録された三篇は互いに連繋するだけでなく、「船小屋」(一九八九年)や、ノーベル文学賞の授賞を推進したとおぼしき「七部作」(二〇二二年)などのフォッセの長篇ともゆるやかに繋がっているだろう。 第一部「眠れない」には十七歳の恋人たちが登場する。アリーダはディルジャの農家に生まれたが、父が出奔し、母と姉と暮らしている。アスレは漁師の船小屋で育つが、父は海の事故で、母も憔悴して亡くなり、アスレには父の形見のフィドル一つが遺された。アリーダは懐妊、都会に出て産んだ息子にはアスレの父の名シグヴァルドが与えられる。 祖先や父母の名を子に付けるのは、フォッセの諸作品で見られる重要な行為だ。 第二部「オーラヴの夢」では、なぜかアスレはオーラヴに、アリーダはオスタという名前になっている。オーラヴは用事があって街に出かける途中で、奇妙な老人につきまとわれる。この部で残酷な事実が明かされ、驚愕の展開が待ち受ける。第三部「疲れ果てて」では、アーレスというアリーダの娘が出てくるが、アリーダは既に亡き人だ。なのに、娘と共に暮らしている。生者と死者はごく当たり前のように共棲するのがフォッセの世界である。 かつての若い恋人同士はどんな生涯をたどったのか。記憶、回想、夢想、それが厳粛な現実と交錯する。物理的な実体や身体的な死は絶対的な境ではない。その世界観を結晶させたフォッセの言葉は凄絶なきらめきをもつ。 [レビュアー]鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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