BTSのラップ曲、分断の韓国に響く理由「出身や考えが異なっても」
12月3日夜に「非常戒厳」を出した尹錫悦大統領に対する、弾劾(だんがい)訴追案が国会で可決された韓国。連日のデモでアイドルファンたちがペンライトを持って抗議する光景も珍しくなくなりました。その中で「BTS」ファンを中心に共感を呼んでいるのが、9年前のラップ曲「Ma City」。1980年の戒厳令下で多くの犠牲者が出た「光州事件」に関する歌詞があることから、今回の状況と重ね合わせているそうです。共感が広がる背景について、韓国エンタメに詳しい翻訳家・桑畑優香さんに聞きました。 【画像】光州事件と地域差別を歌ったJ-HOPE ■差別されてきた地域出身のアイドル ――光州出身のJ-HOPEが歌うMa Cityの歌詞には、光州事件や地域差別を思い起こさせる表現が目立ちます。 韓国では、光州市がある南西部と、大邱市がある南東部では、大きな経済格差があるんですね。私も現地を取材しましたが、光州は大邱などと比べて、インフラ整備が遅れていて、かなり素朴な街です。有力な政治家の多くは、南西部以外の出身です。その背景には、長い間続いてきた南西部への差別があるのです。 そういう敏感なテーマだけに、差別を受けてきた地域について、アイドルが歌うこと、口にすることはなかなか難しい。当時も今も珍しく、私も初めて聴いた時は驚きましたね。隠さずに大胆に歌っていいんだと、他のアイドルにとってのヒントみたいものがちりばめられているとも感じました。 BTSは国連でもスピーチをするなど政治的なイメージが強いので、意外かもしれませんが、音楽の場面以外では、あまり政治、社会的な色を前面に出していないんですよ。自分たちの言動によって、あまり分断を引き起こしたくないと考えているのかもしれません。一方で、Ma Cityに関してはJ-HOPEはインタビューで、少なくとも2回言及しているんですよね。それだけ光州事件や差別をめぐる故郷への強い思いを込めているのだと伝わってきますよね。 4年前の韓国公共放送KBSの番組では「(光州事件は)忘れてはならない歴史だと考えたので、うまく音楽で表現してみたらどうかなと思いました」と話していますし、オフィシャルブック内のインタビューでは「僕は地域対立についてよく知りませんでした。(中略)でもソウルに来て、そういうものがあると知り、(中略)そして学んでいくうちに、これをどう表現しようかと考えて音楽を創ったんだと思います」と答えています。 ■BTSは「韓国代表」、気持ちを投影する人も ――その歌詞は、今回の非常戒厳において、韓国国民にどのような影響があったのでしょうか? 長い間続いてきた地域差別などを背景とした社会の分断があるなかで、別々の地域出身者が集まったBTS自体も、融和の象徴として大切な存在になっていることはたしかです。日本ではそこはあまりフィーチャーされないですけど、韓国の人は、そういう地域的な意味でもBTSに対する誇りがあるみたいなんですね。なかなか異なる地域の人たちが仲良くならない中で、彼らがひとつになっている「韓国代表」のような側面に、自分自身の気持ちを投影するファンも少なくないんです。 そして、Ma Cityにも、同じような面があります。メンバー7人が勝手に自己主張しているわけではなく、ひとつの曲としてまとまっています。「出身や考えが異なっていても、互いの声を聴き、分断を乗り越えよう」というメッセージが伝わってきます。 ――今回の非常戒厳も、政治的な分断を背景に発せられました。 韓国の人々、特に今の若者たちは、民主主義が脅威にさらされた時、国全体の問題として向き合う大切さを実感しています。 今回、そうした思いと重なり合ったのが、Ma Cityだったのではないかと思います。デモでは、他のアイドルの楽曲が歌われているのが目立ちますが、きっと今回のことでより歌詞に共感できるようになったのかもしれませんね。 私たち日本人も、社会的、政治的分断はひとごとではありません。Ma Cityのメッセージから気づかされることは少なくないのでは、と思います。(小川尭洋)
朝日新聞社