退職時に会社から「仕事先から貰った名刺の返却」を求められた 従う必要はあるのか?弁護士が解説
退職する際、会社から支給されていた携帯電話やPCなどの備品を返却するのは当然のこと。では取引先からもらったの名刺の返却を求められたら、応じなければならないのなのか。実際の法律相談に回答する形で、弁護士の竹下正己氏が解説する
【質問】 来月、定年を迎えます。そこで解せないのは、会社から仕事先の名刺の返却を求められたこと。退職の挨拶状も出したいですし、なにより名刺一枚一枚には、思い出が詰まっています。できれば、自分で保管したいと願っていますが、それでも会社が「返却せよ」というのであれば、従わなければいけませんか。 【回答】 あまり意識していないことだとは思いますが、まずは貰った名刺が誰の物かが問題となります。 友人から近況報告で貰った名刺は、あなたの物ですが、会社の業務として行なった名刺交換時の名刺は、個人としてではなく、従業員の立場で会社の代わりに受け取ったといえます。 例えば、商談相手から商品見本など、返却義務がない物を無償で受け取れば、それは会社を代理して受け取ったのであって、従業員個人の所有物にはならず、当然に会社が管理する物となります。名刺も、これと同様なのです。 名刺は会社の資産ですが、大事なのは情報であり、名刺そのものはそれほど重視されず、従業員が個人的に保管する場合も多いと思います。しかし、就業規則で退職時の扱いとして社員証・保険証などとともに、名刺の引き渡しが明記されていればもちろんですが、そのような定めがなくても、会社の物ですから引き渡すべきです。
もっとも名刺を返しても、名刺に記載された情報自体は記憶に残ります。会社の営業秘密の漏洩や無断使用は『不正競争防止法』違反になりますが、名刺情報自体は通常の場合、営業秘密ではなく、自分の情報として使うことができます。ただ、名刺の個人情報をPCに入力したり、カード化して検索できるようにすると、個人のデータベースになってしまいます。 退職後に始める事業や再就職先での仕事に、個人のデータベースを使用した場合は『個人情報保護法』の適用を受けます。元の会社の業務で取得した個人情報を別の事業目的で使えば、個人情報の利用目的が違ってくるからです。 そこで個人情報の本人に、挨拶状などで新たな利用目的の通知が必要になります。その場合、変更に同意しない個人から利用停止を求められることもあるでしょう。 【プロフィール】 竹下正己(たけした・まさみ)/1946年大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年弁護士登録。 ※週刊ポスト2024年9月13日号