朗読も“音楽”だった…コンサートのような「村上春樹×川上未映子朗読会」
プロ俳優なみの朗読
実は、ベテランのプロ俳優でも、ライヴ朗読を嫌がる人は多いのだという。 「スタジオ収録で、あとで編集できるならいいけれど、ライヴは勘弁してくれという俳優さんは、けっこういます。一発でボロが出ますから。もちろん今回は短編ですし、お二人ともプロ俳優ではないのですから、少しは噛んだり、咳き込んだりして当然です。しかし、あれ以上引っ掛かる俳優さんは、いくらでもいます。それだけに、正直、驚いた次第です。しかも、お二人とも、さかんに客席に視線を投げかけ、話しかけるように朗読してくれた。川上さんなど、最後の数行は暗唱しているようで、テキストを見ず、客席を見ながら朗唱していました。村上さんに至っては、時折、身振りまで入るほどでした。ライヴ朗読であれができる俳優さんは、なかなかいません。また、村上さんは声質も若々しく、男性に多いリップ・ノイズ(唇や舌の雑音)もまったくない。これにも驚きました」(先の編集者) その点、さすがに小澤征悦はプロ中のプロで、村上氏の『職業としての小説家』(新潮文庫刊)も朗読しているだけに(Audible版/8時間36分)、抜群の安定感だった。『風の歌を聴け』朗読後は、村上氏も「今日は、第一作と最新作の両方が朗読されたのですね」と、感慨深い様子だった。 その小澤征悦が『ヘヴン』を朗読する際、クラシック・ギタリストの村治佳織が見事な演奏をそえた。朗読されたのは、第二章の美術館のシーンである。会場に来ていた、音楽ライターの富樫鉄火氏が感心していた。 「ドビュッシーの《亜麻色の髪の乙女》でそっとはじまり、次々と絵を見ていくシーンでは、ムソルグスキーの《展覧会の絵》が演奏されていました。弦にそっと触れて倍音を出すハーモニクス奏法もとても美しく、『ヘヴン』の世界観にピッタリでした。つづく『風の歌を聴け』では、横にページ・ターナー(譜めくり)がいた。ということは、村治さんは、暗譜しているレパートリーを演奏するのではなく、このために事実上1曲の楽曲を用意したわけです。それだけ〈朗読+音楽〉に神経をつかって臨んでいることが、伝わってきました」(富樫氏) この前に村治佳織によるソロがあって、5曲ほど、小曲が演奏された。 「朗読会でありながら、そのソロ演奏も、たいへんぜいたくな内容だったのです。村治さん作曲による《エターナル・ファンタジア》が演奏されていました。これは奈良の薬師寺・食堂〔じきどう〕の再建記念・奉納演奏のための曲ですが、まだ正式レコーディングされていないはずです。トレモロ奏法による美しい曲で、この日、クラシック・ギターの実演を初めて見た方は、右手の指の華麗な動きに驚かれたのではないでしょうか」(同)